(2026.3.1 Vatican News Christopher Wells)
教皇レオ14世は1日、四旬節第2主日の正午の祈りに先立つ説教で、この日のミサで読まれた「主の変容の神秘」について考察され、「贖い主キリストは、歴史の傷跡を変容させ、神の救いの賜物を明らかにされるのです」と強調された。
説教で教皇は、イエスの変容は、「復活の光を予示しています。死と復活、闇と新たな光という出来事であり、鞭打たれ、苦痛に十字架にかけられ、見捨てられたキリストの体が全身で放つ光です」とされ、 イエスに付いて山に登った弟子たちはその栄光を見たが、「彼らが見たことを理解するには時間がかかった。沈黙の中で御言葉を聞く時間、主の交わりを享受するための回心の時間が必要でした」と述べられた。
また教皇は、弟子たちがモーセとエリヤに象徴される律法と預言者の間に立つ、肉となった御言葉であるイエスを目の当たりにしたことに注意を向けられ、「ヨルダン川での洗礼の時と同様に、父なる神の『これはわが愛する子』という宣言の声が聞こえ、聖霊が『輝く雲』でイエスを包みます… この神の人間としての輝きの顕現により、ペトロ、ヤコブ、ヨハネは、群衆の見せ物ではなく、厳かな親密さの中で示される謙虚な栄光を仰ぎ見ることができたのです」と語られた。
そして、世の悪にもかかわらず「神の栄光をもって輝く」イエスの肉体の変容は、「救い主が歴史の傷跡を変容させ、私たちの心と知性に光を当てることを示しています。その啓示は救いの賜物です」と指摘され、「では、私たちはこのことに心を奪われるのでしょうか?驚嘆と愛の眼差しをもって神の真の御顔を見るのでしょうか?」と信者たちに問いかけられた。
そのうえで、「父なる神が無神論の絶望に与える答えは、救い主である御子の賜物です。聖霊は、永遠の命と恵みの交わりを授けることで、不可知論の孤独から私たちを救い出し、信仰の弱さに応えて、未来の復活の約束が告げられるのです」と説教を締めくくられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)