(2025.8.17 Vatican News )

教皇レオ14世は17日の年間第20主日の正午の祈りに先立つ説教で、「真実に基づいて行動することには代償が伴う。それは、この世には”嘘”を選ぶ者たちがいるからです」とされたうえで、「”傲慢”に対して”復讐”で応えてはなません… イエスは私たちに、殉教者たちのように、愛によって真実への忠実さを保つよう求めておられます。私たちは彼らに、異なる状況や方法で倣うことができるのです」と信者たちに説かれた。
教皇は、「キリストに従うことを選ぶ者は、迫害に遭う可能性があります。主ご自身が『矛盾のしるし』であり、『バラの寝台』ではない、と述べておられるように、キリストの使命は、迫害に遭うものだからです」と語られた。
そして、主の「愛と正義のメッセージ」が「拒絶される」こと、そのために主は、「反対を受け、逮捕され、侮辱され、殴られ、十字架にかけられる」と指摘。
このことは、初期のキリスト教共同体によって共有され、「平和な共同体であり、自らに限界があるにもかかわらず、主の愛のメッセージをできるだけ忠実に生きようとしたが、迫害を受けていた」と語られた。
教皇はまた、「イエスは、すべての人、私たちを苦しめる人に対しても、善を行うことに忍耐強く取り組むよう求めておられます。私たちは”無礼”に対して”復讐”で応えるのではなく、愛をもって真理に忠実であり続けねばなりません」と説かれ、「この真理への忠実さは、殉教者たちが信仰のために血を流すことで示したもの。私たちも、彼らとは異なる状況や方法で、彼らの例に倣うことができる」と説かれた。
そして、例えば、「良い親が、子供を健全な原則に従って教育したい、と願う場合、代償を払う必要が出て来るかも知れません。(子供たちのやっていることに)『ノー』と言い、行いを正さねばならない。そうすることは、子どもたちに苦痛をもたらすでしょう」とされ、同じことは、「生徒を正しく教育したいと願う教師」や、「使命を正直に果たしたいと願う職業人、宗教者、政治家」、あるいは「福音の教えに従って責任を一貫して果たそうと努力する人」にも当てはまる、いずれの場合も代償を払う覚悟が必要、と指摘された。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)