Pope Francis greets the pilgrims gathered in St Peter’s Square for the Mass (VATICAN MEDIA Divisione Foto)
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(2025.4.6 Vatican News Francesca Merlo)
病者・医療従事者のための特別聖年の行事が5,6の両日行われた。6日午前にバチカンの聖ペトロ広場で、福音宣教省のフィジケッラ世界宣教部門副長官の司式でミサが捧げられたが、教皇フランシスコも参加され、先月24日の退院以来初めて人々の前に姿を見せられ、祝福を送られた。
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ただ、慎重を期して、説教は教皇フランシスコが準備された原稿を副長官が代読する形で行われ、その中で教皇は、「病床は聖なる場所となり得ます。そこでは慈愛が冷淡さを焼き払い、感謝が希望を育みます」と述べられた。
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この日のミサでは第一朗読でイザヤの預言(43章16‐21節)が読まれたが、教皇は、ここに書かれた「追放されたイスラエル人の状況」について熟考するよう促され、「彼らは、すべてを失ったように思われたが、試練の時にこそ、新しい国が誕生したのです」と指摘。
この彼らの経験を、続けて読まれたヨハネ福音書(8章1-11節)に搭乗する登場する「罪を犯したために非難され、のけ者にされた女性」と比べられ、「最初の石を投げようとしていた告発者たちは、イエスの静かな権威によって制止され、イエスは彼女に『行きなさい。あなたは自由だ。あなたは救われたのだ』と言われました」と語られた。
教皇は、このいずれの場合も、「神が、私たちの傷の中に入り込んでくださること」を示しており、「私たちの苦しみを無視されるのではなく、その苦しみをご承知で、私たちの扉をノックしてくださるのです」と説かれた。
*病気の人、医療従事者たちに
続いて教皇は、病気の人々や彼らを支援する人々に対して、「病気がもたらす深い苦しみ」を認めたうえで、「それは私たちを亡命者のように感じさせたり、福音書に出てくる女性のように感じさせたりします。しかし、それはまた、出会いの場ともなり、謙虚さと優雅さをもって愛することを学び、愛されることを学ぶ『学校』ともなり得るのです」と励まされた。
そして、ご自身の病について振り返され、他者に頼らざるを得なくなったことは「重荷ではない。信頼、感謝、希望の教訓となるものです。世話をしてくださる人たちの行為を押し戻してはなりません。自分が愛されることを受け入れましょう」と説かれた。
また、医療従事者たちに対して、その仕事に感謝されたうえで、「すべての患者を、人間性を取り戻す機会として受け入れるように。病床は聖なる場所となり得ます。そこでは慈善が冷淡さを焼き払い、感謝が希望を育むのです」と強調された。
*思いやりへの呼びかけ
説教の結びに、教皇は前任者のベネディクト16世が、教会に対して「真の人間性は、苦しみとの関連において決定される」と教えられたことを思い起こされ、「弱者に背を向ける社会は、残酷で非人間的になる」と警告された。
そして最後に、「高齢者や病人、あるいは人生の苦難に打ちのめされた人々を疎外したり、忘れたりする誘惑に抵抗するように」と聖ペトロ広場に集まったすべての人に呼びかけられ、「弱者を排除してはなりません。私たちは、神の愛が私たちの心に注がれることを受け入れねばなりません。そして、その愛によって、苦しみさえも交わりと成長の場へと変えていくのです」と強調された。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)