☩「現代の”矛盾”の中で、教会と信者は”福音の酵母”とならねばならない」教皇、ローマの中心地区の教会を司牧訪問

(2026.2.22 Vatican News   Edoardo Giribaldi)

 教皇レオ14世は四旬節第一主日の22日、ローマの中心部、カストロ・プレトリオ地区の聖心教会を訪問され、教区民と面談。説教の中で、「多くの困難に直面するこの地域で、”福音の酵母”となるように」と信者たちに促された。

 教皇は説教で「親密さ」と「慈愛」こそが、この地域を特徴づける「蔓延する暴力」に対する防壁であるべきだ、と述べられた。この地域は暗いニュースで頻繁に報道されている。教皇の言葉は、難民や病者、傷を負った男女の物語を想起させる。そして、「ほんの数メートルの距離で、この時代の矛盾に触れられる」と語られた。この地区では、最も困窮する人々のすぐそばで、テルミニ駅で列車に駆け込む人々も存在するのだ。

 おそらく、その”忘れられた充電器”の中にこそ―家を失った者か、一夜だけの宿を見つける者が置き忘れたものかもしれないが―教皇が呼びかける「身近さ」の真の意味が宿っている。教会とは祭壇の傍らの避難所ではなく、食事であり、温かい水であり、数時間だけ繋がれるコンセントなのだ。

*教皇の到着

 22日の早朝。教会のあるマルサラ通りは、駅へと続く広いアトリウムが封鎖されたが、信徒たちの流れは熱心に動き、聖堂前の広場を埋め尽くしている。黄金と白の横断幕―バチカン市国の旗の色―が景観を支配し、「教皇レオ14世ようこそ」と記されている。その隣には、教皇と背景に聖ヨハネ・ボスコを写したクローズアップ写真が額装されたパネルが掲げられた。

 信徒たちの姿は、教皇がバジリカで司式したミサの説教で語った「矛盾」を可視化している。カテキズムの子供たちは大きなジャケットに身を包み、教区の様々な団体や組織の代表者も多数集まっている。例えば「リスニングセンター」は、心の悩みを抱える人々が心理的支援を求める場所だ。あるいは「タレントバンク」というボランティア。グループは、金曜の夜にホームレスに食料や飲み物を配っている。

 教区コミュニティに存在する三つの修道会から修道女たちも参加している。ドン・ボスコのサレジオ会修道女、至聖なる聖体のフランシスコ宣教修道女会、復活のキリスト宣教修道女会だ。

*困窮する者たちの驚嘆

 

 午前8時15分、待ち時間が終わる。即興の拍手が野火のように広がり、携帯電話が空中に掲げられる。教皇レオ14世が大聖堂に隣接する中庭に姿を現した。教皇は手を差し伸べ、人々の視線をとらえる。結婚を控えたカップルが「結婚します。祝福をください」と記した看板を掲げると、教皇はそれに応えられた。教皇は群衆に挨拶され、子供たちや教区が支援する困窮者たちにも微笑まれた。「これほど多くの子供たちが集まっているのは素晴らしい!彼らに拍手を!人生の喜びを生きること、生きていることの美しさ、主が与えてくださるこの命の賜物を感謝しましょう」と。

 教皇は冒頭の挨拶で、2014年に前任者のフランシスコ教皇が同教区を訪問した際に称賛したのと同じ「温かい歓迎」を目の当たりにした、とされ、「主が私たちと出会い、歓迎してくださることを、この教区がそうであるように、私たちは皆知っている!誰もが歓迎される場所にいられるとは、なんと素晴らしいことでしょう!皆さん、この教区に感謝します!」と感謝を述べられた。

*「今朝、私たちをここに集めたのは、イエスの愛、その慈悲である」

 

 中庭の拍手の中、教皇は教会の名そのものに思いを巡らせ、「それは心臓を連想させます… 愛の象徴、慈愛の象徴、主の愛のこの限りない寛大さの象徴です。この寛大さは障壁を知らず、国籍さえも超える。大聖堂の中庭に集まった千人もの人々には、多くの国々が代表されているからです」とされ、「彼らはこの一致、交わり、兄弟愛、この共生を体現しています。それはイエスだけが可能にするものです… イエスの愛、その慈悲こそが、今朝私たちを一つに集めたのです」と強調された。

 続いて教皇は、参列したサレジオ会の共同体を歓迎され、その歴史の価値について考察、「会の歴史は、単に過去を振り返るだけでなく、現在の活動に勢いを与えるものです。奉仕と慈善、若者との協働というこの素晴らしい伝統において」と述べられた。

*自由の再発見

 集まった信徒の中には、復活徹夜祭で秘跡を受ける5人の求道者も含まれていた。教皇はミサ中の説教の初めに、彼らを「すべての人に関わる新たな始まりのしるし」とされ、「特にこの四旬節の季節に、私たちは洗礼の恵みを再発見するよう招かれている。それは私たちの内に宿り、私たちの自由を最大限に尊重しつつ、力強く私たちと共に歩む命の源だからです」と説かれた。

 また教皇は、エデンの園から荒野のイエスに至る古くからの誘惑である「人間の自立」というドラマについて語られ、「福音書は、この永遠のジレンマに答えを示しているようです。神に『はい』と言うことで、私は人生を最大限に生きられるのでしょうか? それとも、自由で幸せになるためには、神から自らを解放しなければならないのでしょうか?」と信者たちに問いかけられた。

*教会は”親密さ”の砦だ

 

 これらの問いは抽象的なままではなく、教区が組織する慈善活動を通じて日々他者に奉仕することを選ぶ人々の具体的な行動の中で、再び形を成す。教皇は「この教会を建設するよう、聖ヨハネ・ボスコに依頼したのはレオ13世でした。『都市の唯一の交差点に、時を経てさらに重要となる運命にある場所』に建てられるべきものだったのです」と指摘された。

 そして、教皇は、カストロ・プレトリオ地区について「信者たちが様々な課題に直面する中で、一人ひとりが、『親密さの砦』であると見ています」とされ、同地区が「数多くの若い大学生、通勤で往来する人々、職を求める移民、そしてサレジオ会の取り組みのおかげでイタリアの同世代と出会い、統合プロジェクトを遂行する機会を得た若い難民たちの住み家」であることを強調。

*地区が抱える”矛盾”

 

教皇はまた「住む家を持たない兄弟たち」にも焦点を当てられた。彼らは、ヴィア・マルサラのカリタス保護施設を訪れ、「ドン・ルイジ・ディ・リエグロ」宿泊所で寝床を得る人々だ。「ほんの数メートルの距離に、この時代の”矛盾”が凝縮されている。快適な生活を送る人々が行き交う一方で、屋根のない人々がいる。善の潜在的可能性と蔓延する暴力。誠実に働きたいという願いと、麻薬や売春といった違法取引です」と述べられた。そして、信者たちに、「この土地という”生地”の中で”福音の酵母”ように」と願われた。

 

 

*教皇への贈り物

 ミサには、ローマ総代理のバルド・レイナ枢機卿、同教区の名誉司教でカトリック教育省元長官のジュゼッペ・ヴェルサルディ枢機卿、サレジオ会総長のファビオ・アッタール神父、中部イタリア管区長のロベルト・コラメオ神父、教区司祭のハビエル・オルティス・ロドリゲス神父らが共同司式の形で参加。

 オルティス神父はミサ後に、教皇に聖心のイコンを贈り、司牧訪問への感謝を述べた。そして、この訪問が地域を苦しめる「社会的傷」への癒しとなるだけでなく、「平和と希望、そして共同体を築くためのキリスト教的献身に満ちた高速列車のような牧会プロジェクトの再始動」となり、すべての人々に届くことを願っていると語った。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2026年2月22日