☩「死や破壊や恐怖ではなく、希望の種を蒔こう」ヴェローナでの「平和のアレーナ」で

 

 教皇フランシスコは18日、イタリア北部のヴェローナを訪問され、平和をテーマにしたミーティングを主宰された。

 「平和のアレーナ」と題したミーティングは、「平和は皆のものでなければ、誰のものでもない」との信念のもとに、「平和が推進され、準備され、ケアされ、実験され、構成される」ための努力のプロセスの一歩として企画された。ヴェローナのシンボルである古代円形闘技場「アレーナ」で開かれたこの催しには、様々な分野で平和のために取り組む個人や団体・運動の代表者らをゲストに、およそ1万2千人が集い、相互に結びつく普遍の財産としての、平和と、正義、基本的人権、環境、経済などについて考えた。

 教皇はこの出会いで、何人かの代表者らと平和をめぐる対話をされた。

 この対話で、アフガニスタン在住のジャーナリストで女性の権利のために活動するマブーバ・セラジさんが、長い紛争と、民主主義と平和の幻想を体験したアフガニスタンの現状に触れつつ、「アフガニスタンや世界に平和をもたらすためには何ができるのでしょうか」と質問したのに対し、教皇は、「個人主義の風潮が強い文化においては、共同体的な視点が消えかねないリスクがあります」と指摘。

 そのうえで、「こうした傾向は、政治や企業、社会活動等の分野の責任ある立場の人々の思考にも影響を与え、彼らはまるで英雄のように『他者を救わねばならない』という課題にプレッシャーと孤立を感じていることがよくあります」とされ、「指導者に対する私たちの考えが、『他のすべての人の上に立ち、私たちのためになること、ならないことを一人で決めるように呼ばれた人』というものなら、私たち自身のビジョンを貧しくするだけでなく、責任を持つ人の創造的なエネルギーまでも枯渇させ、共同体や社会全体が不毛なものになってしまうでしょう」と語られた。

 そして、「誰も他者なしには存在できず、誰も一人ですべてのことはできません… 私たちが必要とするリーダーたちは、『自分の長所と限界を認め、誰に助けや協力を求めたらよいかを知る人たち』であり、特に安定した平和の構築に携わる指導者たちは、『一人ひとりの価値を認め、信頼し、人々の側からも意味ある貢献をしたい』と感じさせることができなければなりません」とリーダーについてのご自身をお考えを示された。

 また、教皇は、「社会や平和構築に参加する情熱を、若者たちに起こさせることが、一つの大きな課題」と強調され、「若い人たちの育成に投資し、彼らに、『未来への道は自分個人のための務めだけではなく、それぞれの能力に応じた義務を持った一つの民の行動を通して開かれるのだ』というメッセージを伝えなくてはなりません」と説かれた。

 この集いでは、両親をハマスに殺害されたイスラエルの男性と、イスラエルの兵士に兄弟を殺害されたパレスチナの男性が、それぞれの苦しみを通して歩み寄り、より良い未来のために対話するようになった経過を説明し、 教皇は、「この二人の兄弟、二つの民の苦しみを前に、私には言葉がありません。二人は抱擁し合う勇気を持ちました。これは単なる勇気でも、平和の願望の証しでもなく、これは『未来の計画』です」とされ、「二人を前に、それぞれ心の底から主に平和を祈りましょう」と、参加者たちに促された。

 教皇は最後に、「平和は、不信や壁や武器からは生まれません」と訴えつつ、使徒聖パウロの「人は自分の蒔いたものを、また刈り取ることになるのです」(ガラテヤの信徒への手紙6章7節)という言葉を引用され。「死や破壊や恐怖でなく、希望の種を蒔きましょう」と呼びかけられた。

(編集「カトリック・あい」)

 

 

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2024年5月19日