Pope Leo waves to the faithful gathered in St. Peter’s Square (@Vatican Media)
(2025.12.7 Vatican News Devin Watkins)
教皇レオ14世は待降節第二主日の正午の祈りの説教で、「神の国の到来と公正な審判者であるイエスとの出会いに備える」ことの重要性を説かれた。
説教で教皇はまず、この日のミサで読まれた福音書にある、ユダヤの荒野で宣教した洗礼者ヨハネの言葉-「悔い改めよ。天の国は近づいた!」を取り上げ、「私たちは毎日、『主の祈り』を唱え、『御国が来ますように』と願います。この言葉によって、私たちは、神の王国がこの世に来るよう招き、歴史の流れがこの世の権力者によって支配されているのではないことを確認するのです」と強調。
「私たちの思いと力を、私たちを支配されるためではなく、解放されるために来られた神に捧げましょう。これこそが『福音』、すなわち私たちを奮い立たせ、引き寄せる真の『良き知らせ』なのです」と説かれた。
さらに教皇は、「洗礼者ヨハネの説教は厳しいものでした。しかしその言葉は、人生を真剣に生きるよう呼びかけるものであり、今日この時こそ、外見ではなく、行いと心の意図によって裁かれる方との出会いに備えよ、と促す言葉なのです」と語られた。
イエスが初めて来られた時、その姿は柔和と憐れみに満ちており、洗礼者ヨハネを驚かせた。教皇は、「イエスは、預言者イザヤが語ったように『一見枯れた幹から生える若芽』に似ています。イエスのこの世への到来は、権力や破壊のためではなく、むしろ再生と刷新をもたらしたのです」とされ、「これは教会が、ちょうど60年前に閉幕した第二バチカン公会議で経験したこと。その経験は、神の王国を熱心に迎え奉るすべての人々と共に歩むとき、新たにされるのです」と指摘。
「神の王国の到来は、弱く見えたものや辺境に置かれたものさえも成就へと導きます。世界はこの希望を、強く必要としているのです!神にとって不可能なことは何もありません。神の王国に備えましょう。それを迎え入れましょう」と信者たちに呼びかけられた。
そして説教の最後に教皇は、すべてのキリスト教徒に「『到来の霊的な意味』を心に受け入れるように。それは非常に明瞭で具体的なもの。もし私たち一人ひとりが新しい世界の若芽であるイエスを受け入れるなら、小さな光となり得る、ということを思い起させるのです」と強調された。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)