☩「教会における性的虐待スキャンダルは『扉が閉ざされ、被害者が受け入れられず、真の牧者たちの親身な支援がなかったこと』が原因だ-教皇、枢機卿会議の閉会挨拶で

Pope Leo at the third session of the Extraordinary Consistory Pope Leo at the third session of the Extraordinary Consistory   (@VATICAN MEDIA)

 

*枢機卿たちは提示された四つのテーマに関する考察の書面提出を求める

 

 

*1月7,8日の臨時枢機卿会議での教皇の閉会挨拶全文、「カトリック・あい」日本語仮訳とイタリア語原文は以下の通り。

 

【臨時枢機卿会議 [1月7日~8日] 教皇レオ14世の閉会の辞 シノドスホール 2026年1月8日(木曜日)

 私たち一人ひとりが枢機卿に選出されたとき、そのときの教皇は「ローマ市およびより遠い地域において、キリストとその福音について勇敢な証人となる」よう命じられました(枢機卿叙任式参照)。この使命は、まさに私たち全員が取り組んでいることの核心、本質です。

 今回の枢機卿会議は、教会の使命を、皆が共に、一致して表現する絶好の機会となりました。この1日半の間、聖霊は明らかに、その多様な賜物を惜しみなく与えてくださいました。皆さんのご出席とご参加に深く感謝いたします。皆さんは、ペトロの後継者としての私の奉仕を支えてくださるために、一丸となってお集まりくださいました。ご高齢の方々が、ご苦労をおかけしながらも、ご出席くださったことに感謝いたします。皆さんの証しは、実に貴重なものです。同時に、さまざまな理由でご出席いただけなかった世界各地の枢機卿の皆様にも、特に思いを馳せております。私たちは皆さんと共におり、皆さんが近くにおられることを感じています。

 この会合は、私たちが教皇選挙で経験したことと深く関連しています。教皇選挙、つまりペトロの後継者の選出に先立ち、皆さんは互いに知り合い、支援と協力をしたいという気持ちを示してくださいました。昨年5月9日に最初の体験をしました。そして、この2日間、私たちが出会い、よりよく知り合うことができるよう、単純ではあるが必ずしも容易ではない方法を用いて、その体験を続けました。私は個人的に、皆さん全員、そして多くの発言の中で、深い親和感と調和を感じました。私たちは、組織的な手法としてではなく、傾聴と人間関係を育む手段としての、共議制の経験もしました。そしてもちろん、こうした会合を継続し、さらに深めていく必要があります。

 この挨拶の最後に、私たちがどのように継続できるかについて、より具体的なアイデアをいくつかご紹介いたします。しかしその前に、この数日間で浮かび上がったいくつかのヒントについて、改めて触れておきたいと思います。おそらく、この最後のセッションでも何度も繰り返された言葉から始めましょう。

 

 

 私たちの使命の中心にキリストを見出すこと。福音を宣べ伝えること、それは皆さんもよくご存じのとおり、イエス・キリストが中心です。私たちはキリストの御言葉を宣べ伝えたい、そしてそれゆえ、私たち自身も、今日の世界において証しとなりうる、真に霊的な生活を実際に送ることの重要性を認識したいのです。

 選ばれたテーマは、第二バチカン公会議と、公会議から生まれたすべての道筋に深く根ざしています。公会議によって開かれた道を歩み続けることの重要性は、いくら強調しても強調しすぎることはありません。皆様にもそうされるようお勧めいたします。ご存じのように、私は今年の公開謁見のために、このテーマ、すなわち公会議の文書と経験を選びました。そして、この道筋は、教会全体の生活、回心、刷新のプロセスです。福音の喜びと共議制は、この道筋の重要な要素です。

 

 

 また、同時に、提案された他の2つのテーマは、この2日間の作業では必ずしも中心的なテーマではありませんが、他のテーマや公会議と強く関連していることも申し上げたいと思います。それらは忘れられたわけではなく、今後も忘れられることはありません。セメラロ枢機卿は、シノダリティと聖体との関連性をよくご指摘されました。ちなみに、シノダル集会に関連する研究グループが、まさにこのテーマについて深く掘り下げているところです。カスティーヨ枢機卿は、2028年の集会についてお話されました。もちろん、シノド事務局との進行中の作業は、研究グループとともに継続されます。

 教会共同体の歩みは、私たち全員が参加を求められている、宣教のための交わりの歩みです。そのため、私たち間の絆は重要です。皆様は、特に聖父と司教協議会および地方教会とのつながりの重要性と、大陸別総会の重要性を強調されました。しかし、これらもまた、リストに追加する「余分な」会合ではなく、司教と司祭、信徒、そして教会間の出会いの場、関係構築の場であり、真の宣教の創造性を促進する上で非常に役立つものでなければなりません。

 

 

 次に、もう一つのテーマ、すなわち、(教皇フランシスコが出された使徒憲章)「Praedicate Evangelium (福音を宣教せよ)」の精神に基づく各省庁の活動、すなわち、教皇および各教会への奉仕について再び触れておきます。この使徒憲章は、「今日の教皇庁の奉仕の遂行を、特にこの時期に教会が経験している福音宣教の歩みとよりよく調和させる」必要性を強調しています(I章3項)。この観点から、私は、自身の役割を果たし、皆さんと教会全体に、皆さんと各地方教会を支援し、支えることのできる関係と奉仕の体制を提供し、現在の宣教の課題により適切かつ効果的に共に立ち向かうことをお約束いたします。

 この道を歩み続けるために、皆さんは、形成の重要性について話されました。聴くことの形成、聴くことの霊性の形成です。特に、神学校において、そして司教たちにとっても重要であると、皆さんは強調されました。

 

 

 ここでは、今回の会合の具体的な対話テーマではありませんでしたが、今日でも多くの場所で、教会の活動において、真に傷跡となっている問題、すなわち性的虐待による危機について触れておきたいと思います。

 私たちは、目も心も閉じてはいけません。皆さんにも、このことを司教たちにお伝えいただきたいと思います。多くの場合、被害者の痛みは、受け入れられ、耳を傾けてもらえなかったことによって、さらに強くなっています。虐待そのものは、おそらく一生続く深い傷跡を残します。

 しかし、多くの場合、教会におけるスキャンダルは、「扉が閉ざされ、被害者が受け入れられず、真の牧者たちの親身な支援を受けられなかったこと」が原因です。つい先日、ある被害者が「自分にとって最も辛かったのは、司教の誰も、私の話を聴こうとしなかったことです」と私に話してくれました。この場合にも、耳を傾けることが非常に重要なのです。

 

 

 すべての人の養成。神学校、司祭、司教、信徒協力者たちの養成は、地元の教会、教区、そして人々が、特に苦しんでいる人々が集まる他の多くの重要な場所での、日常的かつ具体的な生活に根ざしていなければなりません。ここでご覧になったように、このようなテーマを深く理解し、それを生きるためには、1日や2日、あるいは1週間で十分なわけではありません。

 したがって、私たちが日常的に協力し合う方法が、教区からローマ教皇庁に至るまで、あらゆるレベルで、私たちが共に働く人々にとって、教育と成長の機会となることが重要です。日常的に、シノダルのスタイルで成長できる例としては、牧会訪問があります。また、あらゆる参加組織も活性化すべきです。

 しかし、これらすべては、2028年に予定されている教会総会という重要な段階を経て、現在も継続しているシノドスの実施の過程と関連しています。皆様がこの道のりの原動力となってくださるようお勧めいたします。これは、教会の使命のための道であり、キリストの福音を宣べ伝えるための奉仕の道なのです。

 

 

 さて、親愛なる兄弟たちよ。しかし、これらは私が皆さんから伺ったことに対する、最初の感想に過ぎません。議論は今後も続くでしょう。四つのテーマすべて、枢機卿会議全体、そして枢機卿と教皇様、ローマ教皇庁との関係について、皆様のご意見を文書でお送りくださいますようお願いいたします。私も、皆様からの報告や個人的なメッセージをじっくりと読み、その後、フィードバック、つまりご返答を差し上げ、対話を続けていきたいと考えています。

 次回の枢機卿会議は、今年の聖ペトロと聖パウロの祝日に近い時期に開催することを、すでに提案したいと思います。そして、今年は2日間の会合を2回開催し、将来的には、おそらくはより多くの日数、年に1回、3、4日間、いくつかのグループが提案しているように、会合を継続することを検討したいと考えています。1日目は、熟考、祈り、交流の日とし、その後2、3日間は作業の日といたします。しかし、今年はこの方法で継続いたします。

 

 続けて、皆様が心からお力添えいただけると思う支援について、6月の次期枢機卿会議について考えてみましょう。ここで付け加えたいのですが、経済的な理由などで参加が難しい方がいらっしゃいましたら、ぜひお申し出ください。私も、私たちも、お互いに少しの連帯感を持って生活できると思いますし、寛大な方々が支援してくださる方法もあるでしょう。

 

 さて、この枢機卿会議の終わりに、私は、主の公現の祭日での説教で述べたことを繰り返したいと思います。「神はご自身を明らかにされ、何も変わらないままではいられません。ある種の平穏、つまり、憂鬱な人々が「太陽の下には新しいことは何もない」(コヘレトの言葉 1章9節)と繰り返すような”平穏”は終わりを迎えます。これが、私たちに与えられた希望です。

 私たちが「この世界に伝えたい」と思う希望です。そして、このことを通して、対話や個人的な出会い、またグループでのいくつかの発言の中で共有した、世界中で苦しんでいるすべての人々への懸念を、皆で一緒に表明したいと思います。

 私たちは、多くの地方教会を苦しめている貧困、苦しみ、戦争、暴力という現実を無視して、ここに集まっているわけではありません。そして、彼らを心の中に抱きながら、私たちは彼らに寄り添っていることをお伝えしたいと思います。皆さんの多くは、暴力や戦争という苦しみの中で暮らしている国々から来られています。

 私たちは、若い世代の前でも、この希望の道を歩む責任があります。今日私たちが経験し、決定することは、現在だけに関わることではなく、近い将来、そしてより遠い将来にも影響するのです。

 それは、今まさに幕を閉じた聖年において私たちが経験した希望です。これはまさに、私たちが世界に向けて伝えたいメッセージです。聖なる扉は閉じましたが、覚えておいてください。「キリストとその愛の扉は、いつまでも開かれたままである」ということを。

 最後に、聖父が私たちを枢機卿に任命した日に祈ってくださったように、お互いのために祈りましょう。「人間の弱さでは達成できないことを、あなたの恵みによってお与えください。そうして、あなたの僕たちが、絶えずあなたの教会を築き上げ、信仰の誠実さと精神の純粋さによって輝きを放つことができますように」(『新枢機卿の叙任式典』参照)。そして、聖ペテロが私たちのために執り成してくださいますように。私たちは、共同体の精神をもって、彼の舟である教会に奉仕しようと努めます。

 

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2026年1月11日