(2025.7.20 Vatican News Kielce Gussie)
A copy of the image of the ancient Byzantine-style icon of the Madonna della Rotonda (@Vatican Media)
夏の離宮、カステル・ガンドルフォで休暇中の教皇レオ14世は20日、年間第16主日のミサを隣接するアルバーノ大聖堂で捧げられ、説教の中で神と他者との関係を築く上で不可欠な要素である「もてなし」「奉仕」そして「傾聴」について考察された。
説教の冒頭で、教皇は5月にアルバーノ大聖堂を訪問する予定を変更せざるを得なかったことに触れ、「ご存知の通り、5月12日に着く予定でしたが、聖霊の計画が変わりました。それでも、ここに来ることができて本当にうれしく思います。兄弟愛とキリスト教の喜びを感じながら、ここにいらっしゃる皆様にご挨拶申し上げます」と冗談を交えて語られた。
教皇は続けて、ミサの第一朗読と福音を振り返りながら、「これらの箇所は、『もてなし』『奉仕』、そして『傾聴』について深く考えるよう、私たちに呼びかけています」と指摘。
まず、第一朗読で読まれた創世記の箇所(18章1-10a節)にある、3人の男が「日中の暑さの中」にアブラハムを訪ねる場面に触れられた。
そして、「家の主人であるアブラハムが、訪問者たちに対して、どのように『もてなし』の心を持って対応したでしょうか」と問いかけられ、彼らの心のこもったもてなし、その愛の行為によって、「午後のその場の静けさが満たされました… 神は二人が待ち望んでいた知らせ、すなわち息子が生まれるという知らせを告げられたのです」とされ、「この出会いは、神がアブラハムとサラの人生に介入するために、どうして、『もてなしの道』を選ばれたかを深く考えさせてくれます」と説かれた。
続いて教皇は、この日のミサで読まれたルカ福音書の箇所(10章8-15節)を取り上げ、「この箇所は、神の働き方について教えてくれます」とされた。そして、「イエスは、マルタとマリアの家に客として来られましたが、見知らぬ人としてではなく、祝宴の席にいる友人として来られました。姉妹は、客人に対して全く異なる方法で対応します。マルタは『仕えること』で客を迎え、マリアはイエスの足元に座って『話に耳を傾け』ました」と語られた。
そのうえで、「この二つの態度を互いに相反するものと見なしたり、二人の女性の長所を比較したりするのは誤りです」と指摘。「仕えること」と「耳を傾けること」は、「もてなしの二つの側面なのです… 日々の生活の中でこの二つの側面を生きようと努めるためには、まず神との関係を第一に考え、それぞれの状況に応じて、具体的な行動を通して信仰を実践する必要があります。しかし、これは神の言葉を思い巡らし、聖霊に耳を傾けた後でのみ可能です。そのために、私たちは、気を散らすものを取り除き、沈黙と祈りの時間を捧げ、神に集中し、神が私たちに語りかけてくださる空間を作るようにせねばなりません」と説かれた。
教皇はさらに、「これは、個人と共同体にとっての価値として、そして現代社会への預言的なしるしとして、今日私たちが特に回復すべきキリスト教生活の一側面です」と指摘。「夏こそが、このことを推し進め、神との関係の美しさを体験し、それがいかに私たちを他者に開かれたものにしてくれるかを実感する絶好の機会となります」と勧められた。そして、夏は、しばしば内省し、他者と過ごすための自由な時間が増えるため、「この機会を有効に活用し、多忙な仕事や心配事の渦から逃れ、平和と内省のひとときを味わい、他者を訪ねるようにしましょう」と呼びかけられた。
また、夏は、「他者を思いやり、知り、耳を傾ける機会となり得ます。これらはすべて愛の表現であり、私たち皆がそれを必要としているのです… そして、私たちが勇気を持ってこれらのことを実践しようと努めるなら、平和の文化を促進し、周囲の人々が分裂や敵意を乗り越え、個人、民族、宗教間の交わりを築くのを助けることにつながります」と強調。
「これには努力と犠牲が伴いますが、こうした努力こそが、人生において価値あるものを築くことを可能にします。他者に耳を傾け、奉仕することこそが、他者との真の関係を築き、強める唯一の方法です」と念を押された。
教皇はミサの最後に、アルバーノのヴィンチェンツォ・ヴィーヴァ司教にカズラを贈呈され、「これは、司教区教会への私たちの親愛の証であり、主の祝福が常にあなたと共にありますようにと願っています。あなたのご奉仕に感謝し、そしてあなたの仲間たちに感謝します」と述べられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)