☩「四旬節を、私たちの人生を神との協力で『唯一無二の傑作』に創り上げる機会としよう」教皇、四旬節第一主日の正午の祈りで

 (2026.2.22 Vatican News  Deborah Castellano Lubov)

    教皇レオ14世は、四旬節の最初の主日の正午の祈りに先立つ説教で、「四旬節は、信者たちに、主によって清められ、神との協力によって自らの人生を『唯一無二の傑作』に創り上げる機会。主があなたがたを清め、浄化し、唯一無二の傑作へと変えてくださるように」と願われた。

 説教で教皇は、この日のミサで読まれたマタイによる福音書4章1₋11節を取り上げ、イエスが荒野に入り、悪魔に誘惑される場面を振り返って、「キリストは、40日間の断食の後、肉体的には飢えによって、道徳的には悪魔の誘惑によって、人間としての重みを実感された。私たちが人生の旅路で直面する葛藤と同じものを経験されました。そして、悪しき者に抵抗されることで、私たちも悪魔の欺きと罠を克服できることを示されたのです」と説かれた。

*清めと開花への四旬節の光り輝く道

 

 この出来事における個人的体験を通して、主は「四旬節を光り輝く道として捉えるように、促しておられる」とされた教皇は、「私たちは、祈りと断食と施しによって、人生という唯一無二の傑作を主と共に創り上げる協力を新たにします。これは、私たちが人生を素晴らしさの中で開花させ、愛の完全性—真の幸福の唯一の源—に達するまで、主が罪の汚れを清め、傷を癒してくださるようにすることを意味するのです」と強調。

 そして、「これは確かに厳しい旅であり、落胆したり、たやすく満足が得られるような道に引き寄せられたりする危険を常に伴うでしょう… しかし、それは、イエスご自身が遭われた同じような誘惑。単に、私たちが創造された喜びの貧弱な代用品に過ぎません。結局のところ、それらは私たちを、不満で、落ち着かず、空虚なままにしておくのです」と信者たちに注意を与えられた。

*悔い改めは清め

 また教皇は聖パウロ六世の言葉を取り上げ、「『悔い改めは、人間性を貧しくするどころか、愛と神への献身を目標とする地平へ向かう過程で、それを豊かにし、清め、強める』と教えておられます。悔い改めは私たちの限界を自覚させると同時に、限界を克服する力を与え、神の助けによって、神と、そして互いとのより深い交わりの中で生きることを可能にするのです」と説かれた。

*テレビやラジオ、携帯を消し、沈黙の空間を作ろう

 

 さらに教皇は、「(四旬節という)恵みの時に、祈りと慈しみの業と共に、惜しみなく悔い改めを実践しましょう… テレビやラジオ、携帯電話をしばらく消し、沈黙の空間を作りましょう。神の言葉を黙想し、秘跡に近づき、私たちの心に語りかける聖霊の声に耳を傾けましょう」と信者たちに呼びかけられた。

 そして、「家族や職場、地域社会で互いに耳を傾ける必要があります… 特に孤独な人々、高齢者、貧しい人々、病める人々に特別な配慮をするように」と促された。

*四旬節の歩みを聖母マリアに託す

 教皇はまた、「余分なものを断つことで、節約した分を困っている人々と分かち合うことができます… そうすることで、聖アウグスティヌスが教えたように、アウグスティヌス派の教皇が強調したように、このようにして捧げられた祈りは、天に届き、私たちに平安をもたらすのです」と強調。

 最後に、「試練の時、常に子供たちを支える聖母マリアが、四旬節の歩みにおいて私たちを助けてくださいますように」と懇願し、説教を締めくくられた。

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2026年2月23日