(2024.11.10‐ Vatican News Deborah Castellano Lubov)
教皇フランシスコは10日、年間第32主日の正午の祈りに先立つ説教で、偽善を避け、謙虚に優しさをもって仕えるように、との主の呼びかけを繰り返された。
「偽善者に気をつけ、忠実で、愛にあふれ、信頼できる者となりましょう……」-教皇は説教で、この日のミサで読まれたマルコ福音書のイエスがエルサレムの神殿で律法学者の偽善を糾弾した箇所(12章38∼44節)を取り上げ、こう呼びかけられた。
そして、この場面に登場する律法学者は「イスラエルの共同体社会で、重要な役割を担っていました。聖書を読み、書き写し、解釈し、高く評価されていたが、見かけによらず、その行動は、自分が教えていることと、しばしば一致しませんでした… 自分たちが享受してきた名声と権力を頼りに、他者を見下し、傲慢に振る舞い、見せかけの立派さと律法主義の陰に隠れた者もいたのです」と指摘、「このような振る舞いは非常に醜い。他者を見下すことはとても酷いことです」と強調された。
さらに、こうした律法学者だけでなく、現在でも、「多くの人々の祈りが、主との出会いの瞬間としての意味を失い、代わりに信心深さや偽りの美徳を誇示する機会になってしまう危険があります」と注意され、「イエスは、そのような人々には近づかないように、『彼らに気をつけなさい』、そして彼らを真似ないように、と警告されています 」と語られた。
そのうえで教皇は、イエスはご自身の言葉と模範をもって、権威について、こうした振る舞いとは全く異なることを教えておられることに注意を向けられ、「主は権威について、自己犠牲と謙遜な奉仕、他者、特に困っている人々に対する母性的、父性的な優しさ、という観点から語っておられます… 主は権威ある立場にある者たちに対して、彼らを辱めるためではなく、彼らを引き上げ、希望と助けを与えるため に、他者を見つめるように招いているのです」と説かれた。
説教の最後に教皇は、信者たちに、このように自問するように促された。「私は、自分の責任ある分野でどのように振る舞っているだろうか?謙遜に振る舞っているだろうか、それとも自分の地位を誇っているだろうか?」「私は、他者に対して寛大で敬意を払っているだろうか、それとも無礼で威圧的に接しているだろうか?」。そして、「私は、傷つきやすい兄弟姉妹に寄り添い、立ち直るのを助ける用意ができているだろうか?」 。
そして、「私たちが自分の中にある偽善の誘惑と闘い、見せびらかすことなく善を行い、簡素さをもって行動できるように」と聖母マリアに祈りを捧げられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)