Pius XII after the Rome bombings on 19 July 1943
(2023.7.16 Vatican News By Francesca Merlo)
教皇フランシスコは16日、年間第15主日の正午の祈りの説教の終わりに、80年前、1943年7月19日のローマ、サン・ロレンツォ地区への連合国軍による爆撃の大惨事を思い起され、「今日も、こうした悲劇が繰り返されています。なぜこのようなことが可能なのでしょうか」と人々に問いかけられた。
そして、「この悲劇を記念する日は、戦争と歴史的記憶の喪失に『ノー』を改めて表明する機会となります」と強調された。
この日の爆撃な、第二次大戦の1943年から44年にかけて、連合軍によるローマ開放まで繰り返された「ローマ爆撃」の始まりで、サン・ロレンツォ地区だけで 717 人が死亡し、4000 人が負傷。ローマ市全体では、 3000 人が死亡、1万1000 人が負傷したとされている。
教皇は、「 私たちは(このような悲惨な戦争の歴史の)記憶を失ってしまったのでしょうか? 残念ながら、今日もこうした悲劇が繰り返されています。なぜこのようなことが起こり得るのでしょう?私たちは記憶を失ってしまったのか?」と問いかけられ、「主が私たちを憐れみ、人類家族を戦争の惨禍から救い出してくださいますように」と祈られた。
そして、最後に、今もロシアの軍事攻撃を受け、「とても苦しんでいる親愛なるウクライナの人々」のために祈られた。
(カトリック・あい注)当時の教皇ピオ12世は、1943年5月16日の連合国軍の最初の爆撃を受けて、米国のルーズベルト大統領に書簡を送り、「ローマを可能な限り苦痛と荒廃から遠ざけ、貴重な聖堂の取り返しがつかない破滅を可能な限り遠ざけるように」と要請、さらにフランシス・スペルマン大司教(当時)を通して大統領に説得を試み、ローマの「無防備都市宣言」を行ったが、7月19日に始まる本格爆撃を防ぐことはできなかった。