(202.9.7 バチカン放送)
ミサ会場の聖ペトロ広場とその周辺には、若者たちをはじめ約8万人の信者が集まり、カルロ・アクティスの家族、マッタレッラ伊大統領、トリノとミラノ教区の使節、イタリアのカトリックアクション関係者も参加した。
レオ14世はミサに先立つ説教で、この主の恵みを真に受け入れるため、祈りと開いた心をもってミサに与るように、そして、ピエル・ジョルジョとカルロと同じように、イエス・キリストへの愛、特に聖体における愛、貧しい人々や兄弟姉妹の中に見出す愛を感じることができるように、と願われ、 「すべての皆さん、私たち皆も、聖なる者となるように召されています」とされ、参加者たちに神の祝福を祈られた。
ミサの前半、列聖式が行われ、まず列聖省長官マルチェッロ・セメラーロ枢機卿が福者フラッサーティと福者アクティスの人となりを紹介した後、諸聖人の連祷に続き、レオ14世は二人の列聖をラテン語の式文をもって厳かに宣言された。
教皇はこの列聖ミサ中の説教で、「自分の十字架を負って、私に付いて来る者でなければ、 私の弟子ではありえない」(ルカ福音書14章27節)と語られたイエスに従った多くの聖人たちを回想され、「1900年代初頭の青年ピエル・ジョルジョ・フラッサーティと、現代の少年カルロ・アクティスもまた、イエスを心から愛し、そのためにすべてを捧げる覚悟ができた若者たちでした」と話された。
そして、ピエル・ジョルジョが、カトリック・アクションや、聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ会のボランティア、伊カトリック大学連盟、ドミニコ会第三会など、教会系の学校やグループにおいて神と出会い、祈りや、友情、慈善活動を通してキリスト者として生きる喜びを証しし、「その熱心さは、貧しい人々への支援物資を手押し車に乗せてトリノの街を走りまわり、友人たちから”フラッサーティ通運”とあだ名されたほどでした」と振り返られた。
また、カルロについては、「家庭と学校、また小教区で行われる秘跡でイエスと出会い、幼少期から十代の少年になるまで、祈りや、スポーツ、勉強、慈善活動を通して、自然にバランスの取れた成長を遂げました」と説明。
「ピエル・ジョルジョとカルロはいずれも、『日々のミサ』、『祈り』、とりわけ『聖体礼拝』という、誰にでもできるシンプルな手段で、神と兄弟たちへの愛を育んでいた」と指摘。このような二人の信仰生活を証しするものとして、彼らの言葉を紹介された。
カルロについては、「太陽を前にすれば日焼けをします。聖体を前にすれば聖人になります」、「悲しみとは、自分に向けられた眼差しであり、幸福とは、神に向けられた眼差しです。回心とは、眼差しを下から上へ向けることにほかなりません」、「人々は自分の体の美しさを相当気にかけても、自分の魂の美しさは気にかけません」という言葉を、ピエル・ジョルジョについては「貧しい人や病者の周りには、自分たちには無い光が見えます… 慈愛は私たちの宗教の基本」と言う言葉を示された。
そして教皇は、「ピエル・ジョルジョとカルロはどちらも、病気によって若い命を突然断ち切られました。しかし、病気でさえも、彼らが愛し、神に自らを捧げ、賛美し、自分とすべての人々のために祈ることを止め、妨げることはできなかったのです」と強調。またピエル・ジョルジョの最後の写真となった登山姿とそれに記された「高みに向かって」という言葉、「天国はいつもぼくらを待っている」「明日を愛するとは、今日、自分の最良の実を捧げること」と好んで話していたことを心に留められた。
教皇は説教の最後に、「聖ピエル・ジョルジョ・フラッサーティと聖カルロ・アクティスの存在は、人生を『無駄にせず、高みを目指し、傑作にしよう』という、私たち全員に、特に若い人たちに向けた招きです」と強調された。
(編集「カトリック・あい」)