
- (2025.8.3 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
教皇レオ14世は3日朝、ローマのトル・ヴェルガタで「青年の祝祭」の記念ミサを捧げられ、ミサ中の説教で、若者たちに「イエスが私たちの希望」であることを思い起こさせ出させたうえで、「主は、あなたの〝魂の窓″を優しく叩いておられます… 主と共に永遠への冒険に出よう」と促された。
説教で教皇は、今日のミサで読まれた福音は、そのことに直接言及していないにもかかわらず、「私たちの生き方を変革し、情熱、欲望、思考を照らす復活された方との出会いについて考えるよう、私たちに勧めています」と語られた。
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そして、ミサの第一朗読で読まれた「コヘレトの言葉」を取り上げ、「私たちの限界と、過ぎ去る全てのものの空しさを受け入れるよう、私たちに促している」と指摘された。
そして、「私たちは、『全て当然で、静止しような人生』のために造られたのではない。愛による自己の贈り物を通じて『常に新たにされる存在』となるために造られたのです」とされ、「私たちは、創造されたものが与えることのできない『より高いもの』を絶えず求めています。この世の飲み物では満たせない、深い燃えるような渇きを感じているのです」と強調。
しかし、渇きを感じたから言って、「安易な模倣で心を欺いてはなりません。この渇きを、子供たちが、窓から『神との出会い』をのぞき込もうと、つま先立ちで背伸びするように、踏み台に変えましょう。そうすれば、私たちの魂の窓を優しく叩いておられる主を目の当たりにし、ご自身が私たちを待っておられるのを知ることができるでしょう」と説かれ、「特に若いうちに、神に心を開き、受け入れ、共に永遠への冒険に出発することは、本当に素晴らしいことです」と述べられた。
教皇はまた、聖アウグスティヌスが神への激しい探求の中で「では、私たちの『希望』の対象とは何なのか」と自分自身に問いかけ、その希望とは、「地球やそこから生まれる素晴らしいもの」ではなく、「それらを創造された方」であり、「皆の希望である方」だと語っている、と指摘。
アウグスチヌスはまた、自分自身の人生の旅路を想って祈り、「あなたは私の中におられたが、私は外にいた。そこで私はあなたを探した… あなたは呼び、叫び、私の耳が聞こえるようにしてくださった」とも述べている、とし、「あなたがた若者たちも、しばしば、彼と同じ問いかけを心に抱いているものです」と語られた。
続けて教皇は、「私たちの心には、燃えるような問いかけがあり、無視することのできない真実への渇望があります。『真の幸福とは何か? 』『人生の真の意味とは何か?』『 意味のなさ、退屈、平凡さに囚われることから私たちを解放するものは何か?』と言うように」。
また、教皇は、若者たちが多くの素晴らしい経験をしたことを回想し、その全てを通じて「重要な点をつかむことができます。私たちの存在の充実は、福音が語っているように、私たちが所有する物に依存しない、ということです。そして、豊かさは、私たちが喜びをもって受け入れ、分かち合うものに関わっています。買うこと、貯め込むこと、消費することは十分ではありません。私たちは目を上げ、上を見上げ、『上のもの…』に目を向ける必要があります」と説かれた。
そして、「イエスこそ、私たちの希望」とされた教皇は、聖ヨハネ・パウロ二世教皇が2000年の大聖年で今と同じ場所で若者たちに語った言葉を引用された—「あなたがたの心に、『人生で偉大なことを成し遂げたい』という欲望を掻き立てるのは彼です… 自分自身と社会をより良いものとし、世界をより人間的で兄弟愛に満ちたものにするために、献身するのです」。
そのうえで、「主と結びつき、主の友愛の中に留まりましょう。祈り、礼拝、聖体拝領、頻繁な告白、そして寛大な愛を通じて、その友愛を育みましょう。祝福されたピエルジョルジョ・フラッサティと祝福されたカルロ・アキュティスの例に倣いましょう。彼らは間もなく聖人として宣言されます」とされ、「どこにいても、小さなことに満足せず、偉大さ、神聖さを目指してください。そうすれば、あなたの中と周囲で、福音の光が、毎日輝きを増していくでしょう」と若者たちに強く促された。
説教の最後に教皇は、若者たちを聖母マリアに託され、この祝祭に参加した彼らが自国に戻った後、「救い主の足跡を喜びながら歩み続け、出会うすべての人々に、あなたの熱意と信仰の証しを広めることができますように!」と祈られた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)