◎教皇連続講話「第二バチカン公会議を学び直す」⑩「すべて洗礼を受けた者は、キリストに対して一貫した証しをするよう召されている」

Pope Leo XIV at General Audience

(2026.3.18 Vatican News   Deborah Castellano Lubov)

  教皇レオ14世は18日の水曜恒例一般謁見で「第二バチカン公会議を学び直す」を主題とする連続講話をお続けになり、今回も引き続き教会憲章について考察され、「すべて洗礼を受けた者は福音宣教の主体であり、キリストに対して一貫した証しをなすよう召されている」と強調された。

 今回、教皇は、教会憲章の第2章、「神の民としての教会」に捧げられた章に再び触れられ、救い主の到来を信じる民はキリストから、「その救いの使命が遂行されるための司祭的、預言的、王的な務めへの参与」を授かっていることに注目された。

*聖職者と信徒を結びつける共通の使命。

 そして、第二バチカン公会議に参加した人々が、主イエスが新しい永遠の契約を通じて司祭の王国を確立し、弟子たちを「王なる司祭職」として構成された、と教えていることを思い起され、信徒に共通の司祭職が洗礼によって与えられることを強調。「それによって、私たちは、霊と真理をもって神を礼拝し、教会を通じて神から受けた信仰を人々の前で告白することができるのです」と説かれた。

 さらに、堅信の秘跡を通じて、すべての洗礼を受けた者は「教会により完全に結びつけられる… そして聖霊は彼らに特別な力を授け、キリストの真の証人として、言葉と行いの両方で信仰を広め、守る義務をより厳格に負わせます。この奉献こそが、聖職者と信徒を結びつける共通の使命の根源にあります」と述べられた。

 この点に関して、教皇は、フランシスコ教皇が「神の民を見つめることは、私たち全員が信徒として教会に入っていくことを思い起こすこと。私たちのアイデンティティを永遠に刻印し、常に誇りとするべき最初の秘跡は、洗礼です」と語られたことを取り上げ、、「洗礼と聖霊の塗油によって、信徒は『霊的な家であり、聖なる祭司職として奉献』され、それによってすべての人が神の聖なる民を形作るのです」と語られた。

*私たちの聖化を目指して

 教皇は、王的な祭司職の行使は多くの形で行われるが、「そのすべてが私たちの聖化を目指しており、何よりもまず聖体の奉献への参加を通じて行われること」を想起され、「祈り、修練、そして実践的な愛を通じて、私たちは、こうして神の恵みによって刷新された人生を証しする… 公会議が要約するように、秘跡と徳の実践を通じてこそ、司祭共同体の神聖な性質と有機的な構造が機能するようになるのです」と言明された。

 また、公会議の参加者たちが、「神の聖なる民もまたキリストの預言的使命に参与すると教えていること」にも注意を向けられた。

 

 

*「信仰の感覚」と「信徒の合意」

 教皇は、この文脈において、「信仰の感覚」「信徒の合意」という重要なテーマが導入されることを指摘され、第二バチカン公会議の教義委員会が、このsensus fidei(信仰の感覚)について、「それは教会全体の能力のようなものであり、それによって教会は、信仰において、伝えられた啓示を認識し、信仰の問題において真偽を見分け、同時にそれをより深く理解し、生活の中でより完全に適用する」と規定したことに注意を向けられ、したがって、信仰の感覚は、「個々の信徒が独自に持つものではなく、神の民全体の一員として持つものなのです」と強調された。

 さらに教会憲章は、「この後者の側面に焦点を当て、それを教会の無謬性との関係に位置づけていると教皇は説明した。教皇の無謬性は、教会の無謬性に内在し、それによって支えられるもの」とされ、教会憲章の次の箇所を引用された―「聖なる方によって油注がれた信徒の全体は、信仰の事柄において誤ることはない。彼らは、司教から一般信徒の末端に至るまで、信仰と道徳の事柄において普遍的な一致を示すとき、民全体による信仰に関する超自然的な識別力を通じて、この特別な特性を現すのだ」。

これを踏まえ、教皇は「したがって、信徒の交わりとしての教会―そこには当然、牧者たちも含まれる―は、信仰の事柄において誤ることはない。聖霊の油注ぎに基づいてこの真理が守られる器官は、神の民全体の『超自然的な信仰の感覚』であり、それは『信徒の合意』の中に現れるのです」と説かれた。

 

 

*神の民としての私たちの責任

 教会の教導権が守り抜くこの一致について、教皇は。「したがって、すべての洗礼を受けた者は、福音宣教の能動的な担い手であり、主が教会全体に授ける預言の賜物に従って、キリストに対して一貫した証しを立てるよう召されています」とされ、聖霊が「あらゆる階層の信徒の間に特別な恵みを配分する」ことに注意を向けつつ、聖霊がこれらの賜物を通じて「教会の一新と建設に寄与する様々な任務や職務を遂行するにふさわしく、準備を整えた状態にする」と述べられた。

 そして、「このカリスマ的な活力の特筆すべき現れが、恵みの働きによって絶えず芽生え、花開く奉献生活にあります」とされ、「教会共同体もまた、『神の民』の啓発のための霊的実りの多様性と豊かさにおける輝かしい模範となります」と語られ、次のような信者たちへの呼びかけで、講話を締めくくられた。「神の民の一員であるという賜物を受け取ったことへの自覚と感謝、そしてそれに伴う責任を、私たち自身の中で再び燃え上がらせましょう」。

 

(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)

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2026年3月18日