(2026.1.25 Vatican News Isabella H. de Carvalho)
The ecumenical celebration at St Paul’s Outside the Walls (@Vatican Media)
キリスト教一致祈祷週間の締めくくりとなる聖パウロの回心の祝日の25日、教皇レオ14世はローマの聖パウロ大聖堂で、聖公会、ギリシャ正教会、アルメニア使徒教会などキリスト教各派の代表と祈祷集会を持たれ、共に一致のための夕の祈りを捧げられた。
教皇は挨拶で「私たちは一つ。すでに一つなのです」とキリスト教諸派が同じ信仰を共有していることを強調され、世界中に福音を伝える使命を共に継続するよう促された。
このキリスト教一致祈祷週間は「キリスト教徒に福音宣教の使命への献身を思い起こさせる機会となるもの」と指摘された教皇は、「私たちの間の分裂は、キリストの光が輝くことを妨げることはないが、世界にその光を映すべき顔が輝きを失う原因となります」と述べられた。
集会にはギリシャ正教のコンスタンティノープル総主教庁を代表してポリカルポス首都主教、アルメニア使徒教会のハジャグ・バルサミアン大主教、英国国教会のアンソニー・ボール司教など、様々なキリスト教教会の代表者が出席。バチカンのキリスト教一致推進省長官のクルト・コッホ枢機卿をはじめ、他のエキュメニカル団体や巡礼者も同席した。
*聖パウロは、すべてのキリスト教徒の使命における模範
挨拶で教皇はまず、今年のキリスト教一致祈祷週間のテーマである聖パウロのエフェソの信徒への手紙の一節を取り上げ、「ここには、『一つ』という形容詞が繰り返し現れます。一つの体、一つの霊、一つの希望、一つの主、一つの信仰、一つの洗礼、一つの神です」とされ、「愛する兄弟姉妹の皆さん、この霊感に満ちた言葉が、私たちを深く感動させないことがあるでしょうか。これを聞くとき、私たちの心が燃え上がらないことがあるでしょうか」と問いかけ、「この言葉は、私たち神、イエス・キリスト、聖霊への同じ信仰を共有していることを強調するものです」と語られた。
そして、キリスト教徒を迫害する者から、イエスの「燃えるような熱意をもって愛を宣べ伝える者」へと変えられた聖パウロの回心を取り上げ、今、夕の祈りを捧げているこの聖パウロ大聖堂が「自分自身の使命が全てのキリスト教徒と同じであることを思い起させる場。キリストを宣べ伝え、全ての人に彼への信頼を置くよう招かれる場になっている」と述べられた。
教皇はまた、第二バチカン公会議の『教会憲章(Lumen Gentium) 』で、「『すべての被造物に福音を宣べ伝えたい』という熱烈な願い」が表明され、福音宣教によって「教会の顔に輝いているキリストの光を、すべての人類にもたらす」と述べられていることを指摘され、「謙虚に、そして喜びをもって福音を世界に告げることは、すべてのキリスト教徒の共有の任務。『キリストを見よ!彼に近づけ!啓発し慰める彼の言葉を受け入れよ!』です」と強調された。
*ニカイア公会議と共同体の重要性を記念して
続けて教皇は、昨年11月にトルコのイズニクで、ニカイア公会議1700周年を記念して他のキリスト教指導者たちと共に行ったキリスト教一致の祈りの集いを回想。「ニカイア信条が制定された、まさにその場所で共に唱和したことは、キリストにおける私たちの結束に対する深く忘れがたい証しでした」とされ、「聖が今日もなお、私たちの中に従順な心を発見し、現代の人々に一つの声で信仰を宣言できること』を願われた。
さらに未来を見据える形で、2033年にキリストの受難・死・復活の2000周年を迎えることに言及され、「キリスト教一致へのシノダル(共働的)な実践をさらに発展させ、私たちが誰であり、何をなし、何を教えるかを互いに分かち合うことに尽力しましょう」とキリスト教各派に呼びかけられた。
そして、教皇フランシスコの言葉を引用しつつ、「カトリック教会のシノダル(共働的)な歩みがキリスト教一致につながるものであり、その逆もまた然りです」と説かれ、2023年と2024年にバチカンで開催された「シノダリティ(共働性)』をテーマとした世界代表司教会議総会に、複数の兄弟であるキリスト教宗派の代表が参加したことを思い起しつつ、「このようなことが、互いのシノダル(共働的)な構造と伝統を相互に理解し合いながら共に成長するための道だ、と確信しています」と強調された。
*アルメニアの人々の勇気ある証し
挨拶の最後に教皇は、今年のキリスト教一致祈願週間で使われた資料がアルメニア使徒教会と国内の地方教会によって作成されたことに言及。「深い感謝をもって、私たちは歴史を通じて示されたアルメニアの人々の勇気あるキリスト教的証しを記憶しています。その歴史において殉教は常に特徴的なものでした」と讃えた。
そして、その証しの模範として、聖ネルセス・シュノルハリ(慈悲深き者)を取り上げ、「この聖なるカトリコスは、12世紀に教会の統一のために尽力され、そのエキュメニカルな献身において時代を先取りしていました… 私の尊い先任者である聖ヨハネ・パウロ二世が指摘されたように、聖ネルセスはまた、私たちがエキュメニカルな旅路において取るべき姿勢を教えています。『キリスト教徒は、戦略的優位性や政治的利益のためではなく、福音宣教のために、一致が不可欠であるという深い内面的確信を持たねばならない』ということです」と説かれた。
さらに、「伝統によればアルメニアが最初のキリスト教国家でした。西暦301年に啓蒙者・聖グレゴリオスによってティリダテス王が洗礼を受けた後、救いの言葉を伝える勇敢な使徒たちが、イエス・キリストへの信仰を東欧と西欧に広めたのです」とその功績を称え、「福音の種がこの欧州大陸で、一致と正義と聖性という実を結び続け、全世界の諸国民と諸国家の平和のために役立つよう祈ります」と願われた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
(2026.1.23 Vatican News Devin Watkins)
教皇レオ14世は23日にルクセンブルクで開かれたCentesimus Annus Pro Pontifice Foundation(CAPP=教皇レオ13世の社会回勅『レールム・ノヴァールム』発表100周年を記念して1991年に教皇ヨハネ・パウロ2世が発表した回勅『チェンテジムス・アンヌス』(Centesimus Annus、「100年」の意)にちなんで名付けられた、バチカンに関連する組織)主催の2026年欧州会議にメッセージを送られ、「カトリック 教会の社会教説が、社会に真の尊重と平和的共存への道を示している」と強調された。
メッセージで教皇は、今回の会議のテーマ「欧州における平和構築:カトリック社会思想と普遍的価値の役割は何か」への賛意を示され、「宗教が提唱する普遍的価値と公共の福祉への貢献について議論することを社会が拒む現代において、このテーマが特に重要です」とされ、「社会の抵抗は様々な理由から生じますが、根底にある危機は『相対主義の蔓延』と『真理が単なる意見に貶められること』です」と指摘。「どの大陸や共同体も、規範や価値観の基盤となる共通の真理なしに、平和に生き、繁栄することはできない」と言明。
さらに教皇は、人間が神の姿に似せて創造されたことを想起され、聖ヨハネ・パウロ二世の回勅『Centesimus Annus』 における言葉を引用し、「真理を知り、その真理に従って生きる、という自然かつ根本的な権利を尊重しなければ、真の進歩はありえません」と強調された。
そして、カトリック教会の社会教説は、「自らを『道であり、真理であり、命』として示されたイエス・キリストの言葉と行いに根ざしています」と述べ、「教会の社会教導は、国境を越え、集団的利益と生き方の基盤を提供することによる平和的共存を可能にするため、多くのものを提供できます」と語られた。
結論として、教皇は、今回の会議が「より平和で公正な欧州大陸の構築において、カトリック的価値観の役割を推進し、欧州にその深いキリスト教的ルーツを想起させる一助となること」に期待を表明された。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
(2026.1.21 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
教皇レオ14世は21日の水曜恒例一般謁見で、第二バチカン公会議を学び直す連続講話で、前回に引き続き、『神の啓示に関する教義憲章(神の言葉=Dei Verbum)』を取り上げ、「イエスのおかげで、私たちキリスト教徒は父なる神を知り、確信をもって神に身を委ねます… 誰も、私たちをキリストの愛から引き離すことはできません」と説かれた。
教皇は先週の講話で、この憲章を公会議の「最も素晴らしく、重要な文書の一つ」とされていた。21日の講話で教皇はまず、「神は、契約の対話の中でご自分を啓示され、友として語りかけられることを、私たちは学びました。これは単なる思想の伝達ではなく、歴史を共有し、相互の交わりを求める関係的な認識です」とされ、「啓示の成就は、神がご自身を私たちに与え、現存し、私たちが最も深い真実において知られていることを発見する、歴史的かつ個人的な出会いの中で起こります」と語られた。
そして、「これは、イエス・キリストにおいて起こる… 教義憲章は、『神と人間の救いに関する最も深い真理は、すべての啓示の仲介者であり、充満であるキリストにおいて、私たちのために輝きを放つ」と記しています」と指摘された。
*キリストは父なる神を私たちに啓示される
教皇はさらに、「イエスは、自らと父なる神との関係に私たちを巻き込むことで、父なる神を啓示されます。父なる神によって遣わされた御子において、人類は聖霊によって父なる神に近づき、神の性質にあずかることができる… そうして、私たちは、御子の父なる神との関係に入り、聖霊の働きによって、神についての完全な知識に到達するのです」と強調。
「イエスのおかげで、私たちは、自分が神に知られているように、神を知る… キリストにおいて、神はご自分を私たちに伝え、同時に、御言葉の姿に造られた御子としての私たちの真のアイデンティティを明らかにされたのです」と重ねて強調された。
*隠れたところで見ておられる父が報いてくださる
続けて教皇は、マタイ福音書を取り上げられた。そこではイエスが「隠れたところで見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださる… あなたの父は、あなたがたに必要なすべてのものを知っている」と語られている。
「イエス・キリストこそが、私たちが父なる神の真実を認める場所です。そして、私たちは御子において子として神に知られ、完全な命という同じ運命に召されていることを発見するのです」と説かれた。
次に教皇は、ガラテヤの信徒への手紙を引用する形で、「時が満ち、神は御子を遣わされた…それは私たちが子としての地位を得るためである。あなたがたが子であるゆえに、神は御子の霊を私たちの心に遣わされた。その霊は『アッバ、父よ!』と叫んでいます」と語られた。
*キリストにおける神を知るためには、その完全な人間性を受け入れる必要
また教皇は、「御言葉が受肉し、人々の間に住まわれる方であるからこそ、イエスはご自身の真実で完全な人間性をもって神を私たちに示されます… キリストにおける神を知るためには、その完全な人間性を受け入れねばなりません」とされ、「神の真理は、人間性から何かを奪うところで完全に啓示されるのではありません。イエスの人間としての完全性が神の賜物の充満を減じることのないのと同じです。父なる神の真実を語るものは、イエスの完全な人間性なのです」と言明された。
*神の真理の伝達は、イエスの肉体において実現される
さらに、「私たちを救い、集めるのは、イエスの死と復活だけではなく、その方そのもの。受肉し、生まれ、癒し、教え、苦しみ、死に、復活し、私たち間に留まる主そのものです」と強調。「もしイエスに実体のある肉体があるなら、神の真理の伝達は、その肉体において実現される。現実を認識し、感じる独自の方法、世界に存在し通り抜ける独自の方法をもって、です。このようにして、イエスご自身が、現実の認識を分かち合うよう、私たちを招いておられるです」と説かれた。
講話の最後に、教皇は信者たちに対して、「イエスの道を最後まで歩むことで、何ものも神の愛から私たちを引き離すことができない、という確信に到達するのです」と言明され、聖パウロの言葉を再び引用して、「神が私たちと共におられるなら、誰が私たちに敵対できるでしょう?」と念を押された。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
Pope Leo XIV at General Audience (@Vatican Media)
(2026.1.21 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
教皇レオ14世は21日、水曜恒例の一般謁見で、特に人間の尊厳への敬意が失われ、国際的な緊張が高まっている現代において、キリスト教の一致と平和のために祈るよう、信者たちに呼びかけられた。
第二バチカン公会議についての連続講話の後、教皇はまず、一般謁見に参加したポルトガル語圏の信徒に挨拶し、「父なる神を現すイエスの人間性が、私たちに正義と和解の道を見いださせてくださいますように」と祈ら れた。
そして、全ての信者に対して、18日から始まった「キリスト教一致祈祷週間」に、キリスト教徒の結束と世界平和のために祈るよう呼びかけられた。
受難の前に弟子たちの結束を祈ったイエスに注意を向けられた教皇は、ドイツ語圏の巡礼者たちに「キリスト教一致祈願週間に、私たちイエスと共に祈りましょう。すべての弟子が一致を見出し、世界がイエスとその啓示を信じるように」と促された。
そして、またすべてのキリスト教徒に向けて、今年の祈祷週間のテーマである「あなたがたは、一つの希望をもって召されたのと同じように、一つの体、一つの霊です」(エフェソの信徒への手紙4章4節)に触れ、「主が、世界中に広がるすべての教会に聖霊の賜物を授けられますように。この賜物によって、キリスト教徒が分裂を克服し、強固な一致の絆を築けますように」と主に懇願するよう促された。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
(2026.1.18 バチカン放送)
教皇レオ14世は18日、2026年度の「キリスト教一致祈祷週間」の開始にあたり、すべてのキリスト者の完全な目に見える一致のための祈りを呼びかけられた。
「キリスト教一致祈祷週間」は、毎年1月18日から25日まで、キリスト教諸教会の間で行なわれるもので、「すべての人を一つにしてください」(ヨハネ福音書 17章21節)という最後の晩餐でのイエスの祈りを心に留め、同じキリスト者として、共に祈り、分かち合い、一致の精神を示すことを目的としている。
教皇18日、年間第2主日の正午の祈りで、「キリスト教一致祈祷週間」の始まりを告げられ、この取り組みの由来は2世紀前にさかのぼること、レオ13世教皇がこれを強く奨励されたこと、ちょうど100年前に初めて『キリスト教一致祈祷週間のための提案』が発表されたことなど、その歴史を振り返られた。
そして、今年のテーマである「体は一つ、霊は一つです。それは、あなたがたが、一つの希望にあずかるようにと招かれているのと同じです」(エフェソの信徒への手紙4章4節)を示されるとともに、今年の祈祷週間のための祈りと黙想がアルメニア使徒教会の諸宗教間関係部門が調整するエキュメニカルなグループによって準備されたことを紹介された。
そのうえで、この一週間、すべてのキリスト者の完全な目に見える一致のために祈りを強めるよう、すべてのカトリック共同体に呼びかけられた。
(編集「カトリック・あい」)
(2026.1.18 Vatican New Deborah Castellano Lubov)
教皇レオ14世は年間第二主日の18日の正午の祈りに先立つ説教で、信者たちに、「警戒を怠らず、本質に集中し、私たちが神の目にどれほど、かけがえのない存在であるかを、決して忘れてはなりません… 毎日、祈りと黙想の時間を持ち、私たちを愛する主と出会いましょう」と呼びかけられた。
説教で教皇はまず、この日のミサで読まれたヨハネ福音書の箇所に注意を向けられた。この箇所で、洗礼者ヨハネは、イエスを神の小羊、メシア、救い主であることを認め、イスラエルの民にその神性と使命を宣言した。そして自らの使命を終えると、一歩退き、「私の後から一人の人が来られる。その方は私にまさっている。私よりも先におられたからである」(1章30節)と証言している。
教皇は、「洗礼者ヨハネが民衆から深く愛され、エルサレムの権力者たちさえ恐れるほどの名声を持っていたこと」を想起され、「彼はこの名声を利用することも容易にできました。しかし、成功や人気という誘惑に屈せず、イエスの前に自らの小ささを認め、イエスの偉大さのために道を譲った… ヨハネは主の道を整えるために遣わされたことを知っていました。主が現れた時、喜びと謙遜をもって神の臨在を認め、自らスポットライトから退いたのです」と説かれた。
教皇は「この証しが、現代の私たちにとって、どれほど重要でしょう!」とされ、さらに、「人々が承認や合意、注目といった幸福をもたらすと考える要素に、どれほど頻繁に頼っているでしょう。それらは、しばしば、苦しみや分裂をもたらし、脆く、失望させ、束縛する生活様式や人間関係を招くにもかかわらず、です」と指摘。
「真実を言うなら、私たちにはこうした『幸福の代用品』など必要ありません… 私たちの喜びと偉大さは、成功や名声という儚い幻想に立脚するのではなく、『天の父に愛され、望まれている』ことを自覚することにあります」、さらに、「イエスが語る愛とは、今日もなお私たちの間に来られる神の愛であり、それは壮大な見せ物で私たちを眩惑するためではなく、私たちの苦闘を分かち合い、私たちの重荷を自ら背負うためなのです」と訴えられた。
そして、 「そうすることで、神は私たち自身の本質と、神の御目にどれほど尊い存在であるかを、明らかにされるのです」と説かれた。
説教の最後に教皇は、「主が私たちの間におられる、という事実から目をそらしてはなりません。”見せかけ”を追いかけて時間とエネルギーを無駄にしてはなりません」と信者たちに注意をされ、「洗礼者ヨハネから学びましょう。警戒を怠らず、簡素を愛し、言葉に誠実であり、質素に生き、心と精神の深みを育むことを。本質的なものに満足し、可能であれば毎日、特別な時間を設けて沈黙の中で立ち止まり、祈り、省察し、耳を傾けること、言い換えれば『荒野に退く』ことによって主と出会い、主と共にいるのです」と強く勧められた。
そして、簡素さと知恵と謙遜の模範である聖母マリアに、この決意を助けてくださるよう懇願することで、説教を締めくくられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)