(コラム反響)「日本のカトリック教会の質の低下を示している」「なぜ前教皇をここまで貶めねばならないのか」「何をおっしゃりたいのか、分からない」

(2025.7.9 カトリック・あい)

7日からコラム欄に掲載した、「東京教区信徒・いらだつ声」さんの読者投稿「自分が『古い人間だ』だからといって、前教皇フランシスコをあしざまに批判するのはやめてほしい」は、8日夜までにすでに50件を超える多くの方に読まれており、ご感想、ご意見も全国の司祭、信徒の皆さんからいただいています。その中のいくつかを以下に掲載させていただきました。さらなるご意見、ご感想をお待ちしています。(andynanjo@gmail.comまで)

 

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「日本のカトリック教会の質の低下を示している」

*僕も、コラム子の書かれている通りだと思います。 毎回毎回、某司祭の「随想」というより”迷想”に過ぎない文章、それも広い文面を使って、バカかと思っていましたので。フランシスコ教皇の「12年間、次は何が生じるのだろうという不安定さを感じていた」だけでなく「時にはフランシスコ教皇のなさることの真意をくみ取れないまま、消化不良のような状態」にあった某司祭が、よくシノドスの担当者にとどまっていたな、と呆れてしまいます。
 これを教区も許しているというところに教区の責任者の方も含め、某教区そして日本のカトリック教会全体の質の低下があるのだろうと思います。別の教区の司教の、中学生相手のような聖書の話を聞かせる司祭黙想会もそうですが、某司祭の場合は毎月の教区ニュースですからね。
 毎月教区ニュースに載せている某司祭の文章は、「一般信徒は結局、何もしなくてもよい。気持ちの持ち方を”共に歩む”ようにすればいいのだ」と言い続けているようなものです。
 また、発表から半年以上遅れて翻訳、出版された最終文書の題名が『シノドス流の教会』。「シノドス流」というのが、教皇フランシスコが始められた”シノドスの道”を茶化すような、「全然、シノドスの道には賛成ではないけれど、一応出さざるを得ないので訳して出しました」くらいの嘲笑的な姿勢が背後にある、と僕は感じました。
 某司祭は伝統的な、古いやり方の教会に戻ってもらいたいようですね。このような状態では、日本のカトリック教会には、もう、まともな青年や若者は来ないだろうと思います。来るのは、病人、精神的に虚弱な人だけ・・。このままでは、外に出て宣教しても相手にされないでしょう。性的虐待司祭が所属していた神言会に、被害女性が損害賠償を求めている東京地裁の裁判の件に関しても、今後ますます世間はカトリック教会に批判的な目を向けてくるでしょうから、なおさらです。
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「なぜ前教皇をここまで貶めねばならないのか」

*某教区のホームページで「対話する教皇さま」を読んだ時、なぜここまで教皇フランシスコを貶めようとするのか、理解に苦しみました。今少しずつ分かってきました。某司祭は、「自分とタイプの異なる神父や教皇を受け入れることができない」ということです。

 彼は、昨秋、私たちの教区で「霊における会話」について講演したのですが、その際、シノドスとは全く関係ないことで、彼と同じ修道会の同僚神父を貶める発言をして、驚きました。他にも別の教区司祭に対する憎悪をあらわにしていました。当日参加した司祭・信徒から不信感を持たれたのは当然です。このことから今回の教皇フランシスコを貶める文章も、さもありなんと思っています。

 某司祭は教区のシノドス担当者であり、司教団の下にある「シノドス特別チーム」の一員のようですが、昨秋、世界代表司教会議第16回総会の最終文書が出された後、どのような活動をしてきたのでしょうか。はっきり言って何もしていないでしょう。「霊における会話」の講演を行ったのであれば、各教区でどのように進展したのかを確かめるべきですが、私たちの教区では、「後は各小教区で実行してください」で終わっています。またシノドス特別チームは6月に「提言」を出す予定でしたが、一体どうなっているのでしょうか。本来の役割を果たさずに、前教皇を貶め、新教皇のごますりをすることは止めてほしいものです。
 新教皇の評価は、シノドスへの取り組みや世界平和のための行動など具体的な働きを見るなかで、行うべきです。二か月経っただけで「安心感を得る」ものではありません。今回の東京教区の記事は、一司祭の感想に過ぎず、シノドス担当者の肩書で書くべきものではないと思います。 東京教区の信徒の声を応援します。
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「何をおっしゃりたいのか、よく分からない」

*某教区ニュース7月号について:某司祭が前教皇と比較して新教皇分析をされているが、全体として「何を仰りたいのか」よく分からない。毎回、教区ニュースに寄稿しておられるが、カタカナ語が多いうえ”難しく”て、何を仰っているのか、正しく理解できないこともあり、申し訳ないが時々飛ばして読んでいます。他の信徒に感想を聞いても、同じような意見です。頑張っておられる司祭もいるのは分かるので、新教皇が混迷する世界と日本の教会を正しく導いてくださるよう、心より願っております。

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2025年7月9日