カナダ・ケベック州のアモス教区とルーイン・ノランダ教区を一人の司教に担当させる、というバチカンの決定が9月16日にあったが、これが2つの教区の統合を前提としたものであることが明らかになった、と「カトリック・あい」が伝えている。
そして、教区長は、「教区の将来的なあり方について協議を始めたことに端を発している」と説明し、協議にあたっては、教区民が合併の可能性について意見を表明する機会を設けたり、物理的な問題の検討などもされ、その結果、早期に両教区を合併することを適当とする意見書を3月にバチカンに送った。だが、バチカンはすぐに合併はせず、教区長を兼務させる決定を下した、という。
これこそ、2教区合併に向けた正しい道筋だろう。大阪高松教区の合併劇の演出とは大きな違いがあるようだ。どうしてだろう。日本のカトリック教会は自ら進んで日本社会、そして世界のカトリック教会との”鎖国状態”を貫いているのだろうか。
高齢信徒が受けて来たカトリック教会の信仰教育に関心を持っている。教会では90代の方が最高齢者だろうが、彼らが語る次の2つは、私にとって衝撃的な”掟”だ。「寺や神社に行ってはいけない」「教会の言うことは正しく、全て受け入れねばならない」。その教えを受けた信徒の方々の多くは、従順にそれを守って来たようだ。
だが、今、カトリック教会の不祥事の数々、聖職者の中に堕落した姿を目の当たりにして、教会に不信感を持ち、「これまで信徒として忠実に”掟”を守ってきたのは何だったのだろう」と思いと悩み、教会を離れる信徒がいる。その一方で、昔の教えを今も強要する聖職者、修道者そして信徒のグループが教区、小教区によっては、現実に存在する。このような人々が教会運営をする限り、教会改革はできないし、教皇が提唱される”シノドスの道”を歩むことも不可能だ、というのが実感である。
私の娘は、「35年前に行きたくなかった教会の姿に今、逆戻りしている」と言う。聖職者が一般社会にも通用する常識人であれば問題ないのだが、「教会でしか生きていけない」「教会でしか生きたくない」「教会と社会は違う」など、自分の技量のなさを正々堂々と表に出して恥じることのない説教、そして”右に同じ”の信徒集団が中心の教会では、社会や家庭で荒波にもまれて苦闘しながら生きている人間が違和感を覚え、「教会とは距離を置かざるを得ない」と思うのが当然の成り行きだろう。
「世界の、日本の、教区の教会に何が起きているのか、自分には関係ない」とミサに与るだけの方々もいらっしゃる。その”個人主義的信仰”を持つ信徒を作ったのも、教会ではないだろうか。
私が一番悲しくなるのは、時折、高齢の信徒から発せられる、「自分は、もう歳だから何もできない。下の世代のことも考える余裕などない」という言葉だ。かく言う私自身も、れっきとした高齢者だが、「子供や孫のためにカトリック教会が変な方向に行ってもらっては困る」というまともな神経は持ち続けたいと思っている。それでも、「もともと変な宗教だったのか」と妙に”納得”してしまう自分に気付いて、愕然とすることがある。
問題のすべてが、私たちも含めた人間の弱さから来ているのだ、ということも分かってはいるのだが、それにしても今、教会という組織は何かがおかしいのである。長い教会の歴史を歩む中、一般社会の常識とは違うことも教会には取り入れられてきたのだろうが、今となっては、単にそれは「保身」のためだったのでは、と思われるような場面がなんと多いことか。
性的虐待問題、大阪高松教区合併劇からは、教会のずさんさと責任感のなさが露呈している。教会も、一般社会で通用しているルールに沿って動いていくものだ、ということを忘れてもらっては困る。「それさえ守らない、守れない宗教組織だ」と烙印を押されては、第二バチカン公会議によって示された「世界に開かれ、すべての人と共に歩む教会」の実現など及びもつかない。
「日本の教会は、あと何年存続できるのだろう」という信徒の声も聞く。「そんなことないよ」と励ますのをためらう私である。イエス中心の教会は、日本には根付かないのだろうか。森一弘・元東京大司教区補佐司教様が帰天されたことが未だ信じられず、深い悲しみと虚無感を感じている。日本の教会のために、森司教様の意思をどなたが受け継いでくださるのか。森司教様が「希望」という言葉を大事にされていたことを、忘れないようにしよう、と思いながらも、心弱くなっている私である。
(西の憂うるパヴァーヌ)