・Sr.阿部の『乃木坂の修道院から』㉒ バンコクの”難民収容所”にいたヴィちゃんの受洗の思い出

  首都バンコクの古い中心街スワンプルーに、IDC(Immigration Detention Center 移民収容施設)があります。難民移民の不法滞在者の収容所です。

 タイは地理的、社会政治的な理由で不法移民労働者や庇護を求め移動する人々の拠点で、当時、バンコクの収容所には5千人ほど収容され、食事の提供は経済的にも大変。入管は減らすために強制送還し苦心惨憺していました。

 この施設内に JRS(イエズス会難民司牧)のクリニックがあり、入所者の健康管理や人道的な配慮がある様働いました、私がタイに行って間もない頃から、そこで働くフィリピン人(JRSメンバー)の女医ガルシアさんと親しくなり、毎週手伝いに行きました。

 鉄格子の部屋コンクリートの床に鮨詰めの生活している様子を見ました。食事はご飯とお菜が仕切りのあるアルミの容器に入て格子越しに差し入れられます。パンを主食とする諸外国の人々のために、ホテルからパンをたくさんいただき、切ってジャムと小袋に入れる手伝いもしました。

 ガルシアさんはタイに来て長年にわたって収容所で働く傍ら、国境沿いのジャングルに潜むミャンマーからの避難民の巡回治療、難民キャンプの人々の亡命手続きに必要なメディカルチェック、北部の山奥の山岳民の巡回治療に当たり活躍していました。

 IDC での忘れられないヴィちゃんの思い出をお話ししましょう。

 カンボジアから物乞いに連れて来られ、送り返しても、不法滞在で捕まり、IDC収容所へ。顔と胸、両腕の付け根、手の指が酷い火傷を負うカンボジアの女の子です。ガルシアさんにもらったイエス様、マリア様のご絵に格別、心を惹かれ、英語のお祈りを覚えました。

 せめて自分のことが自由に出来るほどの手術を受けさせたいと、費用の相談を受けました。当時、神言会の後藤文雄神父様がカンボジアの貧しい界隈に学校を建てるために、バンコクに立ち寄られ日本語のミサを捧げてくださり親しくしていました。カンボジアの子供たちに心に掛けている神父様、とにかく会っていただこう、とIDC へご案内。膝の上に抱いてじっとヴィちゃんを見つめ、了解してくださいました。

 外出許可手続きをして入院、顔以外を見事に手術、皮膚移植の手術など辛かったと思いますが、友人のクリスチーナさん(イタリアンレストランオーナー)の付き添いで無事終了。収容所に戻り、カトリック要理を勉強し、洗礼の準備。外出許可をもらい、レデンプトール修道院の聖堂で、洗礼式と初聖体を受けることができました。彼女のために、ガルシアさんが真っ白の可愛いドレス と白いフリルの付いた靴を用意しました。クリスチーナさんが代毋を務め、皆に見守られる中で、ジョゼフィンの洗礼名をいただいたヴィちゃんの洗礼式。感謝のミサが捧げられ、それはうれしいお祝いでした。

 不法滞在で再び捕まることのないように、カンボジアのJRSのシスターと連絡を取り、出生も両親も分からないヴィちゃんのために、誕生日は3月19日とか適当に生年を決めて身分証明書が出来、以後は不法滞在で捕まることなくJRS の保護下で学校にも行き卒業。収容所で学んだ英語とタイ語を活用してホテルに就職できました。

 素敵に成長し、パスポート持ってガルシアさん、クリスティーナさん、私たちに会いに来ました。ほんとうにうれしかった。収容所にいる頃、ヴィちゃんは火傷の顔のひきつりを剥ぎ取りたいと漏らしたことがありました。「ヴィの目は美しく輝いている、顔ではない、心の美しさよ。顔はヴィのIDだからそのまま大事にね」とガルシカさん、顔の火傷の整形手術はせずそのままにしました。

 ユニークなヴィの輝く目、面影が私の胸に今も生きています。お互いにユニークなID を目に輝かせて生きて行きたいですね。

(阿部羊子=あべ・ようこ=聖パウロ女子修道会会員)

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2026年3月5日