乃木坂の聖パウロ女子修道院の坂下入り口に、小さなマリア様の園があります。今、赤紫のブーゲンビリアが咲いて、美しい花の洞窟になっています。道行く人が立ち止まり、花を愛で祈りを捧げていきます。
先日、園の手入れ水やりをしていると、小学4年の空手の練習帰りの男の子が、マリア様の前で、スラスラっとお祈りするではありませんか。
「ぼく、毎日このお祈りしているよ、だって世界が変なことになっちゃってるから」。「教会の学校に行っているの?」と聞くと、「普通の学校」。「ぼくのお家どこ?」と聞くと、お隣のマンションを指して「マリア様が見えて、いつも守ってもらってる」と。マリア様の足元にある祈りの立て札を暗唱しているのです。
最近、こんなSMS 投稿もありました。
「僕が人生で初めて出会ったマリア様、『東京に来ると、ああいう変わったのを信じる人がいるんだなぁ』と思っていたのですが、その数年後、僕は洗礼を受けてカトリック信者になっていました。聖母のお導きです」
たまたま園で出会った人々との、うれしい会話。語り尽くせないほどいっぱいあります。「マリア様のおかげで、子供の世話をする仕事が見つかり、いつもお祈りしています」と言うお母さん、「ずっと離れていた信仰に立ち返った」と言う人…。
乃木坂から赤坂通りへの道の途中にあるマリア様の園、花束やお賽銭がマリア様に捧げられたり、人々の足を止め、時空を越える恵みの世界に触れさせてくれるのだと思います。
タイ国では、目に見え、感覚に訴える信仰の世界を思い起こさせるものが、身近な生活の場にあります。信仰が巷に感じられるのです。人々は信仰をしっかり掲げて、家の中にも店先にも仏像や祠、カトリック信者は十字架やマリア様、それぞれが信じる神仏を祀りお花を飾り合掌して生活しています。
高層ビルが聳えるバンコクの街中、早朝から日々托鉢僧侶が人々を祝福し祈りながら歩き、香の煙が漂う界隈があり、見える世界と見えない世界が混在しているのです。人間の魂が呼吸できる「凄い現実、救いがある」と思いながら、長年タイで過ごして来ました。
日本に帰って、見えない次元に想いを馳せる接点がもっとあればな~、魂の感性がさらに輝き閃き、この片隅から天に駆ける救いの梯子で飛躍が出来るなぁ~ そんな願いを心に、祈りを約束した人々を思い、「天にまします我らの父よ」と梯子を昇り降りするこの頃です。
(阿部羊子=あべ・ようこ=聖パウロ女子修道会会員)