・Dr.南杏子の「サイレント・ブレス日記」⑰真夜中の「♯7」

昨年12月、新潟県で新しい電話相談サービスが始まった。

 夜間の急な病気やけがに対して、「今すぐに救急車を呼ぶべきか?」「夜のうちに医療機関を受診する必要があるのか、朝になってからでも良いのか?」などについて、専門家のアドバイスを受けることができるサービスだ。

 新潟県がスタートさせたのは、総務省消防庁が導入を働きかけている「救急医療電話相談(♯7119)」だ。消防庁はこの短縮ダイヤルを全国共通のサービスにして、不要不急な救急車の利用や医療機関の受診を減らし、医師の負担軽減につなげたい考えだ。ただ、これまでに「♯7119」サービスを実施しているのは、東京都、埼玉県、大阪府、福岡県など大都市圏を抱える7都府県にとどまる。新潟県のサービス開始は、日本海側の自治体としては初めてだ。

 では、なぜ新潟県は、このサービスを導入に踏み切ったのか? 「夜間の救急医療電話相談を実施しています」と県民に向けてサービス開始を告知する新潟県のホームページを見ても、具体的な理由は明記されていない。しかし、背景に一つの不幸な事件があるのは明らかだ。

 2016年1月、新潟市民病院の女性研修医(当時37歳)が自殺し、翌2017年6月になって労災認定されたというニュースは記憶に新しい。亡くなった女性医師は過労からうつ病を発症していた。彼女の月平均時間外労働(残業)時間は、「過労死ライン」とされる月80時間の2倍を超える約187時間で、最も多い月では251時間に達していたという。市民病院を運営する新潟市は、医師の労働環境の改善を図るために新潟県に協力を要請しており、「♯7119」サービスの開始はそうした事業の一環である――と地元では報道されている。

 1月25日に筆者が刊行した医療小説『ディア・ペイシェント』(幻冬舎)でも、日々の診療現場で激しく迷い、揺れ動き、自ら命を絶ってしまう医師の姿を描いた。
多くの方が病院の診察室で向き合うのは、孤高の天才外科医でもない、「神の手」を持つ名医でもない。地味で、普通で、ただ誠実であろうとする医師たちだ。そんな彼らが、心の芯から疲弊し、死を選んでしまうような厳しい現実は、社会の誰をも幸せにするものではない。

 新潟市民病院で研修医が自殺したというニュースが報じられたのと同じ昨年のことだ。宅配便ドライバーの長時間労働や残業代の未払いが、同じように大きな社会問題になったことを多くの方が覚えておられるだろう。

 そして私たちは、小さな一歩を踏み出した。再配達の時間短縮を認める、宅配ボックスを増やす、運賃の値上げを受け入れる。今まで「当たり前の仕事をしている人たち」と思い込んでいた、大切な荷物を家まで運んでくれる宅配便ドライバーさんたちの存在に心の目を向ける――。社会の空気は、確かに変わり始めた。

 同じことが医療の現場でも進んでほしい。真夜中に少し体調を崩したとき、「119」の前に「♯」と「7」を押すだけでもいい。そんなことを感じている。

(みなみきょうこ・医師、作家: クレーム集中病院を舞台に、医療崩壊の危機と医師と患者のあるべき関係をテーマに据えた長編小説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=を1月刊行。http://www.gentosha.co.jp/book/b11411.html 終末期医療のあり方を問う医療ミステリー『サイレント・ブレス』=幻冬舎=は5刷出来。日本推理作家協会編『ザ・ベストミステリーズ2017』=講談社=に短編「ロングターム・サバイバー」収録)

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2018年2月27日 | カテゴリー :