・Dr.南杏⼦の「サイレント・ブレス⽇記」㉕ 銀幕に浮かぶ「⽣と死」

 映画が好きだ。とりわけ、「⽣と死」をテーマに掲げる作品は、できるだけ ⾒ておきたい。

 ⾃宅にも近いJR中央線沿線の⽴川や吉祥寺などの映画館の座 席に体を預け、暗闇の中で作品のテーマについて考える。楽しみの機会でもあ り、医師としての学びの場でもある。 死と隣り合わせとなって、⼈は⽣きていく――。

 2018年の⽇本映画は、そ うしたことを深く考えさせる印象的な作品に恵まれたのではないだろうか。

 第71回カンヌ国際映画祭で、最⾼賞パルムドールに輝いた是枝裕和監督の 「万引き家族」は、犯罪や不正に⼿を染めて都会の⽚隅に暮らす疑似家族の⼈ 間模様を描いた秀作だ。 物語の後半でこの家族は、ともに暮らした「祖⺟」が病気で亡くなった事実 を隠し、遺体を庭に埋めてしまう。すべては年⾦⽬当ての⾏動で、死んだはず の彼⼥は、家族の⼿で「⽣かされて」しまう。祖⺟役の樹⽊希林さんが9⽉に 亡くなったこともあり、「万引き家族」は⽣と死を強く印象づける作品となっ た。

 生と死を考える映画という点では、死刑囚と向き合う牧師の姿を描いた佐向⼤監督の「教誨師」(きょうかいし)も⼤きな話題を呼んだ。

 この作品では、佐向監督の脚本にほれ込んだという俳優の⼤杉漣さんが、⾃らプロデュース役を買って出たうえ、主役の教誨師を演じている。ご存知のように教誨師とは、刑務所や少年院などで、被収容者の宗教上の希望に応じ、礼拝や⾯接、講話などを⾏うボランティアの宗教家だ。

 カメラは、ほぼ全編を通して教誨室から動こうとしない。6⼈の死刑囚の内⾯に迫る⼿法で、「⼈はなぜ⽣きるのか」という命題を「死の側」からとらえた強烈な物語である。今年2⽉に死去された⼤杉さんにとって、最初のプロデ ュース作であると同時に、最後の主演作となったことでも注⽬された。

 同じ⽂脈でもう⼀作紹介したい。中川⿓太郎監督の「四⽉の永い夢」である 。

 主⼈公は、中学の⾳楽教師を辞め、そば屋でアルバイトをしている27歳の ⼥性・初海(はつみ)。3年前に死んだ恋⼈が書き残した⼿紙が届いたことをきっかけに、それまで変わることのなかった彼⼥の⽇常が動き出していく。 愛する⼈を失い、「喪失」と「悲嘆」から⽴ち直れずにいた初海が、再⽣の 2 道を歩む物語。しかし、カメラが追いかける初海の⽣活には、恋⼈を想って激 しく泣き叫んだり、回想の世界に沈み込んだりするシーンは登場しない。

 それでも、なぜだか空虚な思いがして、なんとなく悲しい。中川監督は、喪失と悲 嘆に⼈⼯的なドラマを作ろうとせず、遺された者のリアルな⼼情を静かに描く 。映画の観客は死んだ元恋⼈の顔すら知らされぬまま、初海の⼼情に寄り添い 、悲しみを追体験していく。⼤切な⼈を亡くす経験って、実際、こういうもの だろうな――と。

 本作は第39回モスクワ国際映画祭で、国際映画批評家連盟賞などを受けたものの、上映資⾦に恵まれずに全国津々浦々の公開とはならなかった。だが、各地の上映会ではいずれも⾼い評価を得たと聞いている。

 初海を演じたのは、朝倉あきさん。平成3年⽣まれの27歳という若⼿なが ら、⽣と死をテーマにした作品で⼤きな存在感を⽰したと評価された。今年は樹⽊さんや⼤杉さん以外にも、夏⽊陽介さん、朝丘雪路さん、加藤剛さん、津 川雅彦さん、菅井きんさんらの実⼒派が天に召されたが、朝倉さんのような若⼿有望株の活躍は⼀映画ファンとしても⼼強い。

 ところで「四⽉の永い夢」は、東京都国⽴市が主な舞台になっている。映画の撮影は、JR中央線の国⽴駅周辺をはじめ、南⼝から⼀橋⼤学へ続く ⼤学通りやブランコ通り、国⽴市内の銭湯や公園、⽼舗の喫茶店「⽩⼗字」な どで⾏われたという。中川監督⾃⾝は、「この映画は、多摩地域のライフスタ イルからインスピレーションを受けて作りました」と静かに語っている。

 監督 の弁は、多摩地域に⽣きて多摩地域で映画を観る者にとって、晩秋の町歩きに も暗闇での思索にも、新しい刺激を与えてくれる。

(みなみきょうこ・医師、作家: 終末期医療のあり⽅を問う医療ミステリ ー『サイレント・ブレス―看取りのカルテ』=幻冬舎=が、7⽉12⽇に⽂庫 化されました。クレーム集中病院を舞台に医療崩壊の危機と医師と患者のある べき関係をテーマに据えた⻑編⼩説『ディア・ペイシェント』=幻冬舎=も好 評発売中)

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2018年10月25日 | カテゴリー :