・ 神さまからの贈り物 ③「未知は道」 と気付かせてくれた先輩に会いたい

・ 神さまからの贈り物 ③「未知は道」 と気付かせてくれた先輩に会いたい

 高校二年生のちょうど秋のことだった。私は朝の駅のホームで立ちすくんでいた。何本も電車を見送った。ついに遅刻ギリギリの電車が来たが、どうがんばっても足が動かなかった。その日、私は人生で初めてズル休みをした。ロッテリアでSサイズのジュースをちびちび飲んで粘って、何時間も潰した。私はその日を境に、学校へ行けなくなった。

 「 真面目で優等生」だった私に、そんなことがあるなんて、誰も予想していなかった。いじめられた訳ではなく、学校も好きだったので、当時はなぜ登校できなくなったのか、分からなかった。

   私が学校に戻れるように、教師たちだけでなく、生徒たちも全面的に協力してくれた。授業の内容をファックスで自宅に送ってくれたり、手紙を書いてくれたり、そっとしておいてくれたりと、様々な形で励ましてくれた。私は私で、なんとか学校へ戻ろうと努力したが、最終的に違う道を選んだ。

 「 大学で学歴を巻き返せばいい」と安易に考えていた私は、高卒認定資格の試験を受けるための準備をした。ちょうどその時期、敬愛する私の恩師が若くして退職し、アジアと日本の若者たちをつなぐプロジェクトを企画していた。

  恩師は、「プロジェクトの参加者を募っている」と私を誘った。『共に生きる』がテーマのアジア地域へのスタディ・ツアーだった。「語学を学びに行くわけでもなく、ボランティアでもない」という点で、とても興味はあったが、行ける自信が全くなかった。

   恩師は、Cさんにも声をかけていたらしい。Cさんは私と生徒会活動を共にした先輩で、憧れであり目標でもある人だった。Cさんは恩師と共にツアーの下見としてアジア3ヶ所を訪れたと話した。

   当時のCさんもまた私と同じように、自分の生き方に悩んでいた。Cさんは自分の苦しみを素直に吐露した後、「一緒に行こう」と私を誘った。未知の経験にためらう私は言葉を濁しながら断ろうとした。その時、Cさんは言った。「クサイんだけどさ、『世界は愛なんだ』って思ったんだよね」。

  この一言が私の心をドン、と前へ動かした。参加すると決めた。今でもそこでの体験が私の信仰の原点だ。

  その後、私をタイへ誘った恩師は、私の代母となった。一方、連絡先が分からなくなったCさんとは、長く会えていない。あれから19年。私はやっと自分の道を歩き始めた。「未知は道」と気づかせてくれたCさんに再会したい、と切に願っている。

(カトリック東京教区信徒・三品麻衣)

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2023年9月29日