・神様からの贈り物㉘ 「恩師が一筆箋でつないでくれた絆」

 毎年欠かさず学園オリジナルのクリスマスカードを送ってくださる先生がいた。私は、今もその先生と文通をしている。

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 学校での私は、なんでも頑張る”優等生”だった。しかし、能力以上の期待に応えすぎてしまい、高校2年の秋ごろから学校生活が辛くなった。3年に進級してからは、精神的な疲労に加え、薬の副作用も強く、登校そのものが厳しくなった。

 休んだ日には、必ず、母から「今日はどうして行かなかったの?」と聞かれた。母が柔らかい口調を心がけているのは分かったが、態度や空気から、苛立ちやあせりがにじみ出ていた。そんなわけで、あの頃は、家にも居場所がなかった。

 唯一ほっとできる場所は、保健室だった。養護教諭は事情を分かっていたので、いつもすぐにベッドへ案内してくれた。そして、しばらく眠ると、肩の辺りを「とんとん」と叩かれた。ぼんやり目を開けると、担任の先生の顔が見えた。「よく頑張ってきましたね」。私はうなずくことしかできず、また副作用の眠りに落ちた。こんなふうに、恩師は、私が登校できた日には必ず保健室に来て、声をかけてくれた。

 また、毎月初めに、学校のお知らせと先生の一筆箋の入ったお手紙が速達で届いた。万年筆で書かれた文字は、やわらかい形で達筆で、先生の人柄そのものだった。先生の一筆箋に印刷された花は、季節によって変わることに気づいた。

 そこから、20年以上にわたる長い長い文通が始まった。先生は、どんなに忙しくても、必ずお返事をくださった。見捨てることなく、つながり続けてくださった。その後、私が学校を離れ、引越で何度も住所の変更があったが、その度に、先生に転居先の住所を伝え、文通は続いた。どこへ行っても、郵便受けに、あの柔らかく整った文字の書かれた封筒を見つけると、肩の力がふっと抜け、頬が緩んだ。そうやって、私は人を信頼するための軸を少しずつ太くした。

 私が、一筆箋に添えられた学校のお知らせを受け取っていたあの頃から、ずっと、先生は『人生の師』だ。

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 教育は、すぐに結果がでる分野ではない。簡単に数値で出せるようなものでもないので、必要性や素晴らしさを広げたい時、もどかしい思いをする。けれども、一人ひとりを大切にする教育は、カトリック精神が基盤にある母校ならではの強みだ。私という生徒に対して、『あなたは、世界に一人だけの大切な人間ですよ』というメッセージを送り続けてくださった教師がいることを、ここに書き留めておきたい。

 メリー・クリスマス!!

(東京教区信徒・三品麻衣)

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2025年12月2日