私は、『ある無名兵士の詩』が好きだ。兵士は、自分が求めたものとは逆のものを、神から与えられたが、『私はあらゆる人の中で、最も豊かに祝福されたのだ』という言葉で結ばれている。
そのお祈りカードをサンパウロで見つけた時、瞬く間に惹きつけられて、そのままレジへ持っていった。あの日から、もうわからないくらい年月が流れ、紙は黄ばみ始め、所々にシワもあるが、手帳が変わる度に必ず入れ変えている。
振り返ると、私にも、望むものとは反対の出来事が与えられ、思わぬ恵みとなったことがある。そのひとつを今日は書き記す。
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私の学校の体育祭は、楽しみにする人とそうでない人たちが、クラスの中でもくっきりと二分されていた。しかし、体育委員会のメンバーたちが、何週間も前から頑張っている様子を見ていると、心が動き、協力したい気持ちになった。
当日は小雨がぱらつき、前日の雨の影響でグラウンドの状態が悪かった。そのため、放送朝礼で、体育祭延期の決定が報告された。しかし、1時間目が終わった頃、晴れ間が出てきたのだ。体育委員の先輩方は、短い休み時間を使って、グラウンドの雑巾がけをした。そして、2時間目になると、すっかり天気は回復したため、体育委員の先輩方は、「今からでも開催できませんか?」と、先生方に直訴した。でも、かなわなかった。がっくり肩を落とした先輩方の後ろ姿は、声をかけるのをためらうほどだった。
翌日、曇り空のもと、体育祭が決行された。しかし、空は灰色の雲で覆われ、天候は不安定で、お昼前には突然、ボタボタと音がするほどの大粒の雨が降りだした。生徒たちは、先生の指示に従い、体育館へ急遽、バタバタと移動した。昨日のこともあり、みんな不満の色を隠せなかった。
体育館の中で、体育祭の閉会式が行われた。校長先生の講評があった。校長先生は、お腹の下の辺りで、両手で白いハンカチをぎゅっとにぎりしめて、前へおいでになった。「私の判断で、このようなことになってしまって申し訳なかったです」と深々と頭を下げられた。そのまましばらく顔をあげなかったので、私たちは「どうしたんだろう」と様子を見ていた。
すると、校長先生は、「皆さんが、汗ではなく、雨に濡れてしまっているのを見たら…」と声を詰まらせた。その先の言葉は続かなかった。私は、大人の校長先生が泣いて謝る様子を見て、初めて、私たち生徒への深い思いを知り、胸が熱くなった。
この出来事は印象深く、私の胸に深く残り続けている。ハプニングが、相手の誠実さと深い愛情を知る機会になった—「思い通りにいくことと、うまくいくことは違う」と気づいた。私の中に今も残る、思わぬ恵みを受け取った。
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私は、神様からの贈り物をちゃんと受け取れているだろうか? 好みではないからと、差し出されたものを拒んでいないだろうか? いつも喜んで両手で受け取りたい。それは必ず善いものだから、見た目に惑わされないように気を付けたい。
『求めたものは一つとして与えられなかったが、願いは、すべて聞き届けられた』(『ある無名兵士の詩』より)
改めて、神に感謝!
(東京教区信徒・三品麻衣)
*参考「広島学院中・高等学校」のホームページより
「ある無名兵士の詩」と呼ばれている詩を紹介します。アメリカの南北戦争の時代に、怪我をした南軍の兵士が病室の壁に書いたといわれているもので、現在は、ニューヨーク州立大学病院の物理療法リハビリテーション研究所の受付の壁に掲げられているそうです。
大きなことを成し遂げるために力を与えてほしい、と神に求めたのに、謙遜を学ぶように、弱いものとされた。
より偉大なことができるように健康を求めたのに、よりよいことができるように、と病気をいただいた。
幸せになろうとして富を求めたのに、賢明であるように、と貧しさを授かった。
世の中の人々の称賛を得ようとして成功を求めたのに、神を求め続けるように、と弱さを授かった。
人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのに、あらゆることを喜べるように、と命を授かった。
求めたものは一つとして与えられなかったが、願いは、すべて聞き届けられた。
神の意に添わぬものであるにもかかわらず、心の中の言い表せない祈りは、すべて叶えられた。
私はあらゆる人の中で、最も豊かに祝福されたのだ。 (渡辺和子 訳)
この詩が多くの人に知られるようになったのは、60年余り前にアメリカの政治家アドレー・スティーブンソンがクリスマスカードに書いて友人に送ったことがきっかけだったそうです。スティーブンソンは、大統領選に2度出馬し、2度ともアイゼンハワーに大差で敗れました。失意の中、ある教会でこの詩を見つけ、深い感銘を受けたとのことです。彼は、この詩によって思慮深い人物に立ち直り、その後はケネディー大統領の下で国連大使として活躍し、「宇宙船地球号」という言葉で、平和のための連帯を世界に呼びかけました。
私たちはみな、幸せを願って生きています。幸せになるために努力をするし、その努力が報われるように祈ることもあります。しかし、祈り求めた通りには叶えられないことがよくあります。失敗に終わり挫折を味わうことも多いかもしれません。そんな場合でも、がっかりしながらも気を取り直して前に進んでいく中で、祈り求めたものとは別のもっと素晴らしい恵みをいただいていることに気付くことがあるものです。
この無名兵士も、健康や富や成功など、幸せになるために祈り求めたものは与えられず、病弱や貧しさや弱さを授かりました。「なぜ、どうして」という気持ちになったでしょう。しかしよく振り返ると、謙遜を学び、よりよいことができるようになり、賢明になり、神を求め続けるようになり、あらゆることを喜べるようになっていました。大切なものが与えられていたことに、気付いたのです。幸せになりたいという願いは聞き届けられ、神に感謝しました。
ところで、マタイ福音書に描かれているクリスマスの場面では、東方の国から、占星術の学者たちが幼子の誕生を祝いにはるばるやって来ます。彼らは、自分の国では、星の動きを調べて世界の動きを予知する役割を担っていて、おそらく高い地位にあったエリートたちです。名誉や富も得て、世俗的には充分に満たされていたと思います。それでも、生きていくための確かな光の到来をずっと期待していました。救い主の誕生を知り、幼子のもとを訪ね、宝物を捧げました。
世俗的に満たされることは、もちろん悪いことではありません。健康や富や成功を貰ったら、喜び、感謝すればいい。ただ、本当の幸せはもっと別のところにあって、世俗的な満足ばかりをひたすら追い求めていてもそれは得られないと、この占星術の学者たちは感じていたのでしょう。そして「無名兵士」も同じようなことに気付き、この詩を書いたのだと思います。