2023年の7月号からこのコラムに寄稿してきましたが、そのテーマはシノドス関連でした。教会は福音を生きる人々の集団であるべきなので、組織も運営も福音の精神に則ったものでなければならないからです。
これまでのようなヒエラルキー中心、「上から下へ」の一方通行、「司祭中心、信徒は従うのみ」という形は、少なくとも日本ではもう通用しないと思います。司祭も信徒も平等主義に基づいた形に変化しようとしない限り、日本での宣教はほぼ不可能だと思います。私は中高一貫のミッション・スクールで10年間働きましたが、洗礼を受ける人は皆無に近い。教義や組織・制度など見直さないと、福音は生かされないでしょう。
*ギャリー・ウィルスという歴史学者の紹介
今回紹介するのはGarry Wills,”Why Priests? A Failed Tradition”です。試訳で、ギャリー・ウィルスの『なぜ司祭が要るのか?誤った伝統』としておきます。著者はピュリッツァー賞を受賞したこともあるノースウェスタン大学の歴史学名誉教授で、1934年生まれのカトリック信徒です。小さい頃はミサの侍者もしており、神学校にも途中まで入っていましたし、今もイエズス会の尊敬する司祭たちとの関係も持っている人です。一度ネットで検索してみてください。
*本の主張は・・
歴史的に考えて、初期教会に司祭職はありませんでした。その後、集会でパンとブドウ酒を聖別する司祭が、聖別すなわち「パンとブドウ酒」を「キリストの体と血」に聖変化させる能力を持つ存在として特別視されていきました。
しかし初代(または初期)教会で行われていたのはアガペー(愛餐)という食事であり、聖変化したものをいただくことではなかった。聖変化させる人は司祭として特別な存在、「聖なる人」になっていった。
旧約聖書に記された聖所での祭司による祭儀(動物犠牲・いけにえ)とメルキゼデクに関する記述を元にした新約聖書の「ヘブライ人への手紙」―以下、文中では『手紙』とだけ記す―の影響で、イエス・キリストは大祭司とされ、その後継者として、集会の司式者が祭司、つまり神と信徒集団の仲介者になっていき、司祭となった。
このような伝統の展開は誤ったものであり、本来イエスキリストが望んだのは、「平等主義的な信徒の交わり」であり、それが「キリストの体」なのであって、決して「ヒエラルキーや教皇制」といったものではない。ヒエラルキーや教皇制は、キリストと信徒の直接の交わりに不当に介入するものであり、この直接かつ親密な交わりを傷つけるものだということです。
また「最後の晩餐でイエスはエウカリスチアを制定したのか」という問いには、ポール・ブラッドショーの言葉を引いて、答えは「否」であると述べています。
*「祭司」と「司祭」の違いは・・
まず読者の皆さんが迷わないように言葉の定義を明確にしておきます。「祭司」とは神と人々とを仲介する存在で、人々の代わりに動物犠牲などを捧げて祈る人です。祭司がいないと、その宗教は成り立たないことになります。
「司祭」は本来は単なる集会の役務者、奉仕者です。ところが、この名称の者が、カトリック教会では、実質的に「祭司」になって今日に至っています。いくらか「祭司」のニュアンスは弱まってはいますが、根本的には「祭司」だと言えます。
*「祭司なしの運動」から教会は始まった
イエスが復活したあと、初代教会(または初期教会)は、集会を「家」で開いていました。「家の教会」です。中心は共同の食事で、それによってイエスの記念をし、皆で分かち合っていました。また、祈り、賛歌を歌い、困った人を助け(病人の癒しも)など各人の賜物に応じた役割を担いながら集会はなされました。
その中のどこにも「司祭」「祭司」という役割、役務者はありません。『手紙』にもイエス・キリスト自身が最後の大祭司であって、そのあとを継ぐ祭司が必要であるとは書かれていませんし、「パンとブドウ酒を変化させる」ことについても何の記述もありません。
初代教会の精神は「平等主義」であり、それはキリスト自身の意向でもありました。福音書やパウロ書簡などに記されている通りです。またアンチオキアのイグナチウスの手紙や『ディダケー』においても聖変化についての記載はありませんし、司祭も登場しません。アガペー(愛餐)という「共同の食事」が、「一つの祭壇」で信徒皆の一致を祝うこと、すなわち「エウカリスチア(感謝」だったのです。
*聖変化をもたらす人は「聖なる人」になった・・
パンとブドウ酒をキリストの体と血に変える「奇跡」を行なう能力を持つ人、それが司祭(祭司)です。この特別な犠牲(いけにえ」を行なう人が司祭と呼ばれます。ミサの中で「最後の晩餐の言葉」とされる「これは私の体である… これは私の血である…」という言葉を司祭が発することによって、聖変化が起きる、とされます。たとえミサに会衆が参加していない司祭一人のミサでも、司祭の言葉でそのようになると規定されています。
中世盛期のトマス・アクィナスによると、神と人々の仲介者は司祭であるので、旧約時代(旧法)においてだけでなく新約時代(新法)においても、人はキリストに近づくためには、どうしても司祭が必要であるということになります(『神学大全』第3巻26項)。
初代の教会においては司祭はいなかったのですから、男性司祭が「共同の食事」を司式していたわけではない。「共同の食事」を「犠牲、いけにえ」として食していたわけでもない。教会の中に「聖なる人」の階級ができていくことで、今のミサのような理解になっていきました。のちに「聖なる人」の階級は、ある儀式を通して「霊印」を持った人として特別視されていきました。
*エウカリスチアという奇跡をどう理解するか・・
司祭の言葉によって、パンとブドウ酒の実体がキリストの体と血の実体に変化するという奇跡を信じるのが、トマス・アクィナス、またカトリック教会の公式見解となるトリエント公会議の教えであり、第二バチカン公会議後の現代まで続いています。「実体変化説」といいます。
実体が変化するのですから、変化後には「パンとブドウ酒」の実体はもう存在していない。「パンとブドウ酒に見えるけれども、それは実体ではなく属性とか偶有とか言われるものにすぎない」とトマスは強弁します。
それに反対して異説を唱える人たちもいました。9世紀のコルビエのラトラムヌス、11世紀のトウールのべレンガリウス、同じく11世紀のギベール・ド・ノジャンなど。「イエスはエウカリスチアの中に身体的にではなく象徴的に現存しているのであり、信仰を持って受け止めないと効果がない」といった常識的な見解などです。
それらは異端として斥けられ、先に述べましたようにトマスの説だけが正統信仰として、例えば1994年の『カトリック教会のカテキズム』でも「聖別によってパンとブドウ酒はキリストの体と血に実体変化す
る」とされてきました。
*アウグスティヌスはどうだったか・・・
4世紀から5世紀にかけて活躍した教父アウグスティヌスは、エウカリスチアにおけるイエスの実在といわれるものを信じてはいませんでした。ミサの中で変化するのはパンではなく、それを受ける信徒たちであるとはっきりと述べていることをギャリー・ウィルスはアウグスティヌスの著作を引用しながら明らかにします。
例えば「このパンは、お互いの一致をあなたがどのように愛すべきであるかを明示しています。パンはひとつの穀粒から出来るでしょうか、たくさんの穀粒が必要ではないでしょうか?しかしパンとして結合する前は、それぞれの穀粒は孤立していたのです。それらは一緒に粉にひかれた後、水で溶けてひと塊になったのです。小麦の粒はすりつぶされて、水で湿らせないと、パンという新しい物にはなりません。同様に、あなた方も断食や悪霊祓いなどを通してすりつぶす、という準備をしてから、洗礼の水で溶かされてねりことなり、さらに焼かれてパンという新しい物になります。焼く火は塗油で示される聖霊の神秘です。聖霊があなた方に臨み、焼かれて『キリストの体』であるパンになるのです。あなた方の一致がこのように象徴化されています」。
これがエウカリスチアの本当の意味だというのです。
*アウグスティヌスを受け継ぐアンリ・ド・リュバック
そしてこのような見方は実はすでに第二バチカン公会議以前にフランスのイエズス会神学者アンリ・ド・リュバックが主張していたのですが、批判される時期があり、のちに評価されて、指導的な神学者として第二バチカン公会議の神学に影響を及ぼしたとのことです。
ただ、ド・リュバックは面と向かって「実体変化説」を攻撃することはせず、教会は「神の民」であり、それこそが「キリストの体」であるとしました。そしてエウカリスチアは信徒に提示された徴としての「キリストの体」なのだとしました。
*イエスは祭司(司祭)ではない
イエスはラディカルなユダヤ人預言者でした。かつてのイザヤ、エレミヤなどと同様に、彼は神殿等で儀式をつかさどっている体制的な司祭たちに反対しました。「神が望んでいるのは動物犠牲(いけにえ)ではなく正義や憐れみだ」と主張しました。
そのためイエスはサドカイ派、パリサイ派、律法学者、祭司たちから迫害されましたが、そのうち祭司階級が最もイエスを死に追いやった存在です。その祭司制をイエスが弟子たちの中に導入することはないでしょう。
*メルキゼデクから大祭司イエスへ・・
創世記第14章にアブラハムを祝福した「いと高き神の祭司かつサレムの王」メルキゼデクの話があります。また詩編110章4節に「あなたは永遠の祭司メルキゼデク」とあります。メルキゼデクは非常に謎めいた存在ですが、『手紙』ではイエス・キリストは最後の大祭司とされます。旧約時代のレビ系統の祭司の務めとメルキゼデクの話が微妙な形で融合されて、キリストは永遠の大祭司であるとされています。
大祭司であると同時に、罪を贖うために自分の体を「いけにえ」として捧げて血を流し、今は永遠に神の右の座に着いておられる。この神の右の座こそが、神殿の至聖所の垂れ幕の内側であり、キリストのお
陰で私たちも入っていけるところで(『手紙』第6~9章)、私たちの祈りや願いが神に届くことになります。
*『手紙』にエウカリスチアは出てこない・・
それでは『手紙』は新約における「祭壇」はどこにあると言っているのでしょうか。13:10以下にしか祭壇についての記述はなく、そこから類推するとキリストの十字架かキリスト自身が祭壇であろうとトマス・アクィナス等は考えているそうです。しかしながらそこにエウカリスチア、パンとブドウ酒についての記述はありません。そもそも『手紙』のどこにもエウカリスチアについての記述はありません。のちのミサにつながる儀式、祭儀について記述は皆無です。
*イエス以降、いけにえも祭司も不要である
『手紙』ではイエスの死をただ一度限りの永遠の「いけにえ」と言っていますので、その後の「いけにえ」はもはや必要ではありません。なので、いけにえを捧げる祭司も不要です。
イエスは最後の祭司なのです。したがって、彼に続く祭司制度が必要である、とは書いていません。なぜなら彼は一度限りで完全な贖いを成し遂げたからです。
そもそも神はいけにえを求めはしないし、必要としません。真の神は人間からの贈り物や祈りで動かされることはない。罪人がいたとしても、その身代わり、代償として、誰かの死を神は必要としていません。旧約時代、神殿祭儀(動物犠牲)だけが人間にとって唯一の贖罪の方法だったと考えることはできません。特に預言者たちの思想では一人一人の「悔い改め、打ち砕かれた心」こそが必要な贖罪でした。
(「その2」に続く)
(西方のある司祭)