・共に歩む信仰に向けて⑪ フレデリック・マルテルの『ソドム』を読む(その1)

  フレデリック・マルテルの『ソドム』が邦訳されて間もない頃、私はこの本をプロテスタントの牧師夫人から紹介されていましたが、長い間読んではいませんでした。このコラムで教皇制について、ずっと書いてきて、やっと読む時が来た、という感じで読みました。

 『ソドム』という題名自体、スキャンダルの暴露本のようですが、決してそうではありません。ぜひ皆さんにも読んでいただきたいと思います。著者はジャーナリスト、社会学者で、この本の前にすでに数冊のしっかりした本を出している方です。またご自身が性的にはゲイであることも正直に公言しておられます。相手の大部分がゲイなので、取材も受け入れてもらいやすかったとのことです。

*聖職者主義の二本柱の意味すること

 なぜこの本が重要なのかと言いますと、先月紹介したキャロルの説と関係するからです。キャロルは、聖職者主義の二本柱は「司祭職からの女性嫌悪めいた女性排除」と「司祭の独身の義務」だ、と言いました。この二つによってバチカンおよびカトリック教会の司祭制度は成り立っている。その結果はどうでしょうか?

 バチカンはソドムと化し、その影響は世界各地のカトリック教会(特に枢機卿、教皇大使、司教司祭)に及んでおり、カトリック教会が腐敗している… 著者マルテルはそのことを入念かつ公正な調査によって明らかにしているのです。

 

*「バチカンは同性愛者の社会…」

 本書のプロローグでマルテルは言います—「バチカンは世界で最も同性愛者が集まっている場所である」。また「教会は構造的に同性愛化する性質がある」とも言っています。

 「・・フランシスコ(教皇)は正しい情報をつかんでいる。彼のアシスタント、側近の協力者たち、儀典長やその他典礼の専門家たち、神学者や枢機卿。そのなかにも実践的な者は多数いるが、バチカンに呼ばれる者にも、選ばれる者にも、同性愛が多くなることを、彼らは知っている。彼らに話を聞けば、聖職者の結婚が禁じられているから、教会は社会学的に同性愛化するのだとほのめかすことすらある。自然に反する禁欲と秘密の文化を課している教会にも、何万件もの性的虐待が起きている責任の一端があるのだと。彼らはまた性的欲望、とりわけ同性愛の欲望がバチカンの生活の主要な原動力の一つであることを知っている」。

 「私(マルテル)の見るところ、同性愛という視点で読み解かなければ、バチカンもカトリック教会も理解できない。教会に内在する同性愛の側面を見ないで教会を語ろうとすれば、いつまでたっても正しく分析することができない」。イタリアのゲイ文学の教授フランチェスコ・ニェッレは「イタリア最大のゲイ組織はバチカンだ」と言います。

 

*入念かつ公正な調査に基づく『ソドム』

 注記によると、『ソドム』はおよそ20の言語、50か国で出版されました(2019年)。執筆のもとになっているのは、4年以上におよぶ現地調査、バチカンと30か国で1500人近い人々(枢機卿、司教、モンシニョーレ、バチカン大使、外国大使、司祭、神学生、その他現地で働いている人、警官、軍人、男娼その他)へのインタビュー、さらに参考資料や文献、新聞雑誌記事、そして80人の調査員、連絡員、助言者、調整役、翻訳者などを動員しています。本書に関して弁護団もついていて、関係する諸国の弁護士の名前も記されていますので、たとえ訴えられても、内容については揺るがない構えです。時間だけでなく取材に要した経費も相当なものだったでしょう。

 「小神学校(カトリック系の中等学校)から教皇庁の中枢―枢機卿団―にいたるまで、同性愛の二重生活と徹底したホモフォビアの上に打ち立てられたシステムを明らかにする必要がある」というのが本書の目的で、その結果「本書は教会そのものではなく、きわめて特殊なゲイ・コミュニティを批判している。本書が語るのは、枢機卿団とバチカンを構成する大半の人々の物語である」と。

 具体的には、バチカンの内部の人々、教皇やその秘書、教理省長官や国務長官その他について、バチカン周辺、ローマ・テルミニ駅、世界各国の枢機卿や教皇大使、司教その他の動き、小神学校の状況その他、特に彼らの性に関わる動向が調査に基づいて記されています。時代は、第2バチカン公会議の途中で教皇になったパウロ6世(1963~78年)、ヨハネパウロ2世(1978∼2005年)、ベネディクト16世(2005 ∼2013年)、フランシスコ(2013年∼)です。

 本書に出てくる性についての用語を略記しておきます。「ホモフィル」は「ホモ愛」ですから「ホモセクシュアル」や「ゲイ・フレンドリー」と同じこと。「ホモフォビア」は「ゲイ嫌悪」。「クローゼット」(小部屋・箪笥)は「隠れて所属している」こと。「教区」は「ゲイのつながりで生きている人やゲイ・コミュニティ」のこと。各地の小神学校などでの聖職者の性的虐待に関しては「ペドフィリア」(小児性愛)。性的行為をおこなっている場合、「実践的」という言葉が出てきます。

 

*カトリック教会は同性愛を「罪深い悪徳」としてきた

 そもそも同性愛は聖書の世界で認められるものではなく、「罪深い悪徳」として罰せられるものでした。そのため同性愛の男性は、社会で生きていくために将来の職業を考えて、神学校に入るものが多かったようです。カトリック司祭にゲイが多くなるゆえんです。

 2005年にラッツインガーが教皇になったとき、ゲイの結婚はまだ限られていましたが、それから8年後の2013年、彼が辞任する頃にはすでにヨーロッパ、ラテンアメリカでは同性婚が広まりつつありました。ですからベネディクト16世が同性愛、同性婚に対してどういう姿勢を取るか、彼の認識が問われ、結果的にそれは受け入れられなかった、破綻した、彼の辞任はその表れでもあったのです。

*同性婚を認める国が増える中で、カトリック教会に変化は…

 同性婚が社会的に認められたのは、まず2001年オランダ、2003年ベルギー、米国、2005年スペイン、その後もカナダ、南アフリカ、ノルウェー、スウェーデン、2010年ポルトガル、2013年フランス、2015年アイルランド、2016年イタリア・・と広がっていき、2025年現在39か国となっています。それぞれの国で同性愛が社会的に認知されるようになり、運動等が起こり、その後法律的に容認されていきました。

 しかしカトリック教会は、頑なに同性愛、同性婚を認めないでいます。同性愛が容認される社会に近づいた現在、必ずしも神学校に行って司祭になる必要はない、社会の中で生きれる・働けるということになり、神学校志願者は減ってきているのも現実です。さらに特にフランシスコ教皇時代以降は、教会の建て前としてすぐには同性愛を容認できないが、自然な事実として同性愛という「性的指向」があるのは間違いない、だから「彼らを裁くことは止めよう」という姿勢が、今のカトリック教会の趨勢かと思います。

 

*フランシスコ教皇に反対したレイモンド・バーク枢機卿

 先回も述べましたが、伝統を守ろうとするバーク枢機卿は、教皇の反対派の先頭に立っていました。

 マルテルは同行者を連れてバーク枢機卿の住まいでインタビューをしています。部屋には風変わりな祭壇。けばけばしい風変わりな祭服を着たバークの写真。バークは時代がかった身なりをすることで知られています。全米に広がるドラァグクイーン(派手な衣装をまとい厚化粧をしているゲイ)の一人ではないか、とマルテル。

 「バーク枢機卿は伝統主義者のスポークスマン、ローマ教皇庁におけるホモフォビアのリーダー格である。ゲイ問題に関して過激な発言を繰り返しており、まさに反ゲイの急先鋒である」。「教皇であっても、同性愛の行為や結婚の解消の反道徳性に対する教会の教えを勝手に変えることはできない、とバークは批判している」と。この点は先回も述べました。バークは、同性愛は大罪であり、本質的に秩序を乱すものである、と発言してやみません。

 超保守派の組織で政治的ロビー団体があり、そこには枢機卿たち、マルタ騎士団や聖墳墓騎士団の過激派、古くからの典礼の支持者たちなどが参加していて、その会長をバーク枢機卿が務めている。

 「バチカンでは、きわめて保守的で伝統主義的な枢機卿のなかに、どうしてこんなに同性愛者がいるのでだろう?」。また「米国の司教団に通じているバークが、自国のカトリック上層部にいる枢機卿や司教の大半が同性愛であるのを知らないはずがない」。米国では性的虐待に関して「8948人の司祭が告訴され、1万5000人以上の被害者が調査の対象になった」。バークに関しては多くの記述がなされています。

 

*「マリタン・コード」、またはマリタン主義について

 ジャック・マリタン(1882∼1973年)はフランスのカトリック思想家ですが、ゲイでした。マリタンは、ジャン・ギトン、フランソワ・モーリアック、ジャン・コクトー、アンドレ・ジッド、ジュリアン・グリーンなど多くの文化人に影響を与えましたが、彼らも同性愛者でした。

 マリタンの時代は同性愛は「いかがわしいもの」とされていました。マリタンは「福音書は、神の国を作るために自らを去勢するよう勧めている」と考え、「同性愛者は救いのために、それを昇華させ、貞潔を守るほかない」と考え、そのことをこれら同性愛者にも勧めます。

 この「マリタン主義」は、バチカンにおいても、戦後の大多数の枢機卿のなかに追随者を生みました。現在(2018年頃)60歳以上の枢機卿や司教の大半は、こうしたマリタン主義のなかで育ちました。「マリタン主義を昇華された内なる前提条件として読み解かなければ、教皇パウロ6世、ベネディクト16世、ローマ教皇庁の枢機卿の大半も理解できない」と。

 同性愛者は「独身と貞潔」を選択すること、それは司祭コースを選択することにつながりました。<聖職は長い間、若い同性愛者の理想的な逃げ道だった。同性愛は彼らの召命の鍵の一つである>という”規則”が成立します。マルテルが取材を進める中で、多くの枢機卿や司教たちが、マリタン的思想の文学に影響を受けていることが明らかになったのです。ただこの選択は「昇華や抑圧から生み出されたものである」とマルテルは言います。

*パウロ6世と同性愛者たち

 パウロ6世の周りには同性愛者が多くいました。「昇華され、あるいは抑圧された同性愛は、しばしば独身と貞潔の選択、さらに内在化されたホモフォビアに現れる」。パウロ6世もマリタンの影響を受けており、ジャン・ギトンとは仲が良かったので、第2バチカン公会議に招待したくらいです。

 パウロ6世も、ほぼ同性愛のようで、彼の取り巻き、例えば個人秘書や側近や、彼の公式の神学者や儀典長たちはホモフィルとホモセクシュアルでした。さらにパウロ6世の枢機卿たちも「教区」に属する者が多かったとのこと。教皇は2つの回勅「フマネ・ヴィテ」「ペルソナ・フマナ」を出し、その中で結婚と避妊(ピルの禁止)について述べ、風俗の乱れを非難し、貞潔を説き、同棲や婚前交渉や自慰を禁じ、同性愛も禁じました。ホモフォビアの立場です。

 パウロ6世はこのような決断を、「高齢のオッタヴィアーニ枢機卿と新参者のヴォイティワ枢機卿(のちの教皇ヨハネパウロ2世)に代表される保守派を糾合して」行ったのです。聖職者の独身制も維持します。「聖職者の独身制は、歴史的に教会内のホモフィルとホモセクシュアルによって守られてきた価値である」と、マルテルが会った神学者や専門家の多くは指摘しました。

(その2に続く)

(西方の一司祭)

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2025年10月31日