・三輪先生の時々の思い ⑰「茶摘み」が文部省唱歌となった頃…

「夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る あれに見えるは茶摘みじゃないか あかねだすきに菅の笠

  日和つづきの今日此頃を 心のどかに摘みつつ歌う 摘めよ摘め摘め 摘まねばならぬ 摘まにゃ日本の茶にならぬ」

 これは文部省唱歌で明治45年制定である。

 この年は7月29日で終わり、翌日改元され大正元年7月30日となった。西暦1912年の事である。日本国は日清、日露と大戦争を勝ち進み 1910年には李王朝朝鮮を併合し極東に覇権を確立した。同時に天皇制の危機が叫ばれ、それに呼応するように知日派英国人が指摘した「天皇教」と呼べる精神状況が津々浦々に瀰漫し始めていたのだった。(2020.5.2 記)

(三輪公忠=みわ・きみただ=上智大学名誉教授、元上智大学国際関係研究所長、プリンストン大学・博士)

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2020年5月2日