・「 主は、ミャンマーの傷ついた大地に落ちるすべての涙を見ておられる」ーボー枢機卿、復活徹夜ミサで File photo of Cardinal Charles Maung Bo of Myanmar the morning of 28 March 2025, before the devastating earthquake hit the nation (Cardinal Charles Maung Bo of Myanmar) (2025.4.19 Vatican News Deborah Castellano Lubov) ミャンマーのチャールズ・マウン・ボー枢機卿は19日夜、復活徹夜ミサの説教の中で、ミャンマーの人々が内戦と大地震の打撃を受け、苦悩を続けている中で、主が、その一歩一歩に同行し、涙の一粒一粒を見ておられることを喜びたい、とし、さらにこう語った。 「戦争、移住、壊滅的な自然災害、悲しみの灰の下で、私たちは空(から)の墓から響く大胆な真理を宣言します。(墓をふさいでいた)石は転がされた。主はよみがえられた。そして希望は生きています!」 さらに、復活祭の祝いの言葉を述べた枢機卿は、「この希望の聖年において、私たちは、悲しみの見知らぬ者としてではなく、苦しみの洗礼を受けながらも、復活の火の中で新たに生まれた民として集いました」と述べた。 3月28日にミャンマーを襲ったマグニチュード7.7の大地震による死者は、これまでの確認されただけで3726人に達し、5105人以上が負傷、129人が行方不明となっている。復興への努力は、継続的な余震と必要不可欠な資源の不足、国軍と反政府勢力との戦闘の継続によって、著しく妨げられており、多くの地域が清潔な水、電気、医療などの基本的なサービスを受けられないまま。長期の内戦で疲弊した状況をさらに悪化させている。 そうした中にあって、枢機卿は「信仰をもって喜び、神がいかにご自身の民を見、聞き、共におられるかを思い起こそう。”燃える柴”から”血に染まった十字架”に至るまで、聖書は一つの力強い真理を教えている。私たちの神は目をそらさない。神は貧しい人々の叫びを聞き、虐げられた人々の苦悩を知っておられる。ミャンマーの傷ついた大地に落ちるすべての涙を見ておられる」。 さらに、「神は人々の苦しみのはるか上に座っているのではない。無関心のベールに包まれた遠い神ではない。そうではなく、火の中に、悲しみの中に、収容所の中に、人間同士の争いの中に降りてきて、解放と平和をもたらしてくださる神なのです… キリストは苦しむ人々のそばにおられ、その傷に入って行かれます」と信者たちを励ました。 また枢機卿は、ミヤンマーでは今年、復活祭と新年が同じ週に行われることを指摘。「復活祭と新年が重なることは、単なる偶然の一致 ではありません。『再び始める』ための神の招きであり、あまりにも多くの痛みを知っている土壌に平和の種を蒔くため であり、私たちの子供たち、隣人たち、国のために再び夢を見るためなのです」と強調した。 そのうえで、枢機卿は「個人としてだけでなく、国民として、再建の準備を整え、許す心を開き、正義と癒しの日の出を見つめましょう。墓から石が転がされたのであれば、『抑圧的で奴隷的』な石はすべて、この国の魂からも。転がされるに違いない。私たちの土地の魂からも転がせることができます」と言明。 「2025年のミャンマーの復活祭が、単なる聖なる日ではなく、聖なる始まりとなるように、そして、ミャンマーの人々がこう言われるように祈ろう—『彼らは、すべてが揺れ動く中で共に立ち上がり、より強く、より優しく、より慈愛のうちに団結した。愛は死よりも強く、希望は決して無駄にはならない、と信じたからである』」と信者たちに呼びかけた。 (翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二) *カリタスジャパン「ミャンマー地震救援」募金は⇒郵便振替:00170‐5‐95979 加入者名:宗教法人カトリック中央協議会 カリタスジャパン(記入欄に「ミャンマー地震」と明記)☎03-5632-4439 ツイート