祈りの意向

新年1月の教皇と日本の教会の祈りの意向

教皇の祈りの意向: 人類の真の友愛

・宗教的な差別や迫害に苦しんでいるすべての人々のために祈ります。人間家族の兄弟姉妹であることに裏付けされた一人ひとりの権利と尊厳が認められますように。

 (2022.1.5 バチカン放送)教皇フランシスコは、2022年1月の祈りの意向について、ビデオを通して以下のメッセージを寄せられた。

「今、少数派の宗教に属する多くの人々が差別や迫害を受けているのは、いったいどうしたことでしょうか。かくも文明化されたこの社会で、自分の宗教を公に表すだけで迫害される人々がいる、ということを、どうして認められるでしょうか」

「宗教的自由とは、礼拝の自由、信仰の書に定められた日課を行う自由にとどまりません。それは、他者を、その違いにおいて、理解し、彼らを真の兄弟姉妹として認識させるものでもあります」

「人間として、私たちは分かち合える多くの共通のものを持つと共に、兄弟であることの喜びをもって互いの違いを受け入れることができます。小さな違いも、あるいは宗教のような重要な違いも、兄弟であるという大きな一致に影を落とすことがあってはなりません。兄弟愛の道を選びましょう。なぜなら、私たちは、兄弟であるか、それとも、すべてを失ってしまうかーのどちらかだからです」

「宗教的な差別や迫害に苦しんでいるすべての人々のために祈りましょう。人間家族の兄弟姉妹であることに裏付けされた一人ひとりの権利と尊厳が認められますように」

 

 

日本の教会の意向: すべてのいのちを守る

・とくに弱い立場に置かれている人々を保護し、人間としての尊厳が尊重される社会を実現できますように。

2021年12月31日

12月の教皇と日本の教会の祈りの意向

教皇の意向: カテキスタのために

「神のことばを告げ知らせるために召し出しを受けたカテキスタのために祈りましょう。勇気と創造力を持ち、聖霊に支えられ、証し人となることができますように」

(2021.11.30 バチカン放送)教皇フランシスコは、12月の祈りの意向について、ビデオを通し以下のメッセージをおくられた。

 「カテキスタは、信仰を伝え、それを深めることにおいて、かけがえのない使命を持っています。 カテキスタの信徒としての役務は、一つの召命です。カテキスタであることは、カテキスタとして働くことではなく、カテキスタという存在であることです。それは生き方そのものです。寄り添う者であると同時に教育者でもある良いカテキスタが必要です。福音を告げることにおいて、創造的な人が必要とされています。控えめでも、押し付けがましくてもいけません。福音を特に自分の生き方、柔和さ、新しい道を開きながら新しい表現をもって告げる人が必要です。 多くの教区で、多くの大陸で、福音宣教は基本的にカテキスタの手にかかっています。内的な情熱をもって、教会への奉仕の使命を生きるカテキスタたちに感謝しましょう。神のことばを告げ知らせるために召し出しを受けたカテキスタたちのために、共に祈りましょう。カテキスタたちが勇気と創造力を持ち、聖霊に支えられ、証し人となることができますように」

日本の教会の意向: クリスマスの喜びと祝福

「闇に住む人々、社会の周縁に追いやられた人々に、お生まれになった幼子イエスの恵みと祝福が豊かにありますように」

2021年11月30日