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改・中国で教区の改廃、新設の張家口教区の司教任命ー教皇レオ14世就任後初だが、中国側発表は「教皇承認」伝えず
(2025.9.11 カトリック・あい=9.13追加)
バチカン報道局が10日付けで発表したところによると、教皇レオ14世は、中国国内の二つの教区を廃止するとともに、北京教区の下位教区として張家口教区を新設、同教区の教区長として王振貴神父を司教に任命し、10日に叙階式が行われた。新司教の任命は、バチカンと中国政府による司教任命に関する暫定合意に基づき、7月8日に司教候補として承認された、としている。新司教のバチカン・中国の暫定合意に基づく任命は、レオ14世の教皇就任後初めて。また、中国国内の教区の改廃も初めてだ。
発表によると、教区の廃止、新設は、「主の羊の群れの司牧を促進し、”霊的益”をより効果的にする」ことが目的。具体的には、1946年4月11日に教皇ピオ12世によって設立された宣化教区及び西湾子教区を廃止すると同時に、北京教区の下位教区として張家口教区を新設し、その司教座を張家口大聖堂に置く。また、延慶区は北京大教区に編入され、シリンゴル盟教区は済寧教区に編入される。
新設の張家口教区の管轄区域は、張家口市の主要都市の区域で、総面積は3万6357平方キロメートル、総人口は403万2600人。約8万5000人がカトリック信徒で、89人の司祭によって司牧されている。
また、9月10日の司教叙階された王振貴神父は1962年11月19日生まれの62歳。1984年から1988年まで河北省神学校で学んだ後2年間、曲家荘教区で司牧実習を行い、1990年に仙賢教区で司祭叙階、翌年に小教区の主任司祭に任命された。その後、宣化教区で司牧活動を続けてきた。
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一方、9月10日付けのニュースサイト「中国天主教」によると、「9月10日、河北省張家口市聖家族大聖堂でカトリック教会・張家口教区の王正貴司教の叙階式が行われた」とし、叙階式は、中国天主教愛国協会会長、中国天主教協議会副会長の北京市李山司教、同協議会副会長の承徳市郭金才司教、衡水市馮新茂司教、滄州市李連貴司教、邯鄲市孫継根司教、保定市安樹新司教によって行われ、同協議会事務総長の楊宇神父が司教協議会からの承認書を読み上げた。河北省からは50名以上の司祭に加え、修道女、神学生、信徒の代表者約300名が叙階式に出席した、としている。(写真はいずれも「中国天主教」より)
同サイトによると、王振貴司教は、1962年11月19日、河北省張家口市に生まれ、霊名はヨゼフ。1984年から1988年まで、河北省カトリック神学校で神学と哲学を学び、1990年に司祭に叙階され、1996年、カトリック張家口教区の教区長に選出。2007年、河北省カトリック評議会(CCC-TSPM)の副事務総長に、2013年にはCCC-TSPMの副理事長に就任。2025年3月28日に、カトリック張家口教区の次期司教に選出された、としている。
バチカンとの司教任命に関する暫定合意も、教皇による司教叙階の承認にも全く触れておらず、バチカン発表では、「7月8日に司教候補として承認された」とされているのに対して、「3月28日に、カトリック張家口教区の次期司教に選出された」と、あくまで中国政府・共産党によって選ばれたことを強く印象付けている。「中国天主愛国協会」は、中国政府・共産党の管理下にあり、司教叙階式も同協会主導で行われたことになる。
また、「中国天主教」の12日付けによると、「9月12日、河北省カトリック教区委員会の同意と中国カトリック司教協議会の承認を得て、カトリック張家口教区が崔司教の退任式を行った、としている。式は、張家口・天主愛国協会の秘書長賈偉成師の司式で行われ、中国カトリック司教協議会秘書長・楊宇師が中国カトリック司教協議会の承認文を読み上げ、名誉司教となる崔泰龍師が挨拶。「愛国心と教会愛を堅持し、独立自治教会の原則を堅持し、中華民族としての中国カトリックの方向性を堅持し、現代化社会主義国家の全面的建設と中華民族の偉大な若返りの全面的推進に貢献する」と述べた。続いて、2日前の10日に河北省カトリック協議会副主任、張家口教区司教となった王振貴師が挨拶した」としている。
さらに、「9月12日午前、河北省カトリック教区委員会の同意と中国カトリック司教協議会の承認を得て、カトリック張家口教区は馬延遠司教の補佐司教就任式を行った。 就任式は河北省カトリック協議会副主任の張家口教区の王振貴司教が司式し、中国カトリック教会秘書長の楊宇師が中国カトリック教会の承認書を読み上げた。馬延遠師は就任式で厳粛に宣誓した。国の憲法と法律を守り、祖国の統一と社会の調和を守り、国と教会を愛し、独立自治教会の原則を堅持し、中国カトリックの中国における方向性を堅持し、現代社会主義国の全面的建設と中華民族の偉大な若返りの全面的前進に貢献する。式典の最後に感謝のミサが行われ、張家口教区の王振貴司教が司式し、馬延遠補佐司教が補佐した」とも伝えた。
これに関連して12日付けのVatican Newsは、張家口教区補佐司教としての馬延遠師の「民事上の承認と就任」が行われたと発表。同師は、「西湾子教区司教を務め、現在は2日前に張家口初の司教として叙階された王振貴師を補佐している」とし、バチカン報道局のマッテオ・ブルーニ局長は声明で、「馬延遠師が張家口教区補佐司教に就任したことを受け、その司教職が民事法上も認められたことを満足をもって受け止める… 宣化教区名誉司教であるCui Tai司教の司教としての尊厳も、民事上認められた」と述べ、「これらの出来事は、聖座と中国当局との対話の成果… 新たな教区の交わりの歩みにおいて、重要な一歩を象徴している」と”評価”するなど、中国側の発表とは微妙な食い違いを見せている。
*「青年の祝祭」—8月1日は「悔い改め・「回心」をテーマに。チルコ・マッシモで赦しの秘跡
(2025.8.1 バチカン放送、編集・カトリック・あい)
バチカンとローマ市内を会場に、一週間に渡り開催中の聖年行事、「青年の祝祭」(7月28日~8月3日)は後半に入り、8月1日、チルコ・マッシモ(古代ローマの戦車競技場)で赦しの秘跡が行われた。 翌2日のローマ郊外トルヴェルガータでの教皇レオ14世との前晩の祈り、3日日曜日の、祝祭の閉会式にあたる教皇ミサを前に、1日は、「悔い改め」「回心」をテーマとする一日となった。
この「悔い改めの日」、多くの青年たちが朝からローマ市内の古代競技場跡チルコ・マッシモへ向かった。約8万5000平米の会場には、告解のための200のスペースが設けられ、告解は12の言語で、1000人以上の世界各国の司祭によって、赦しの秘跡を授けた。
参加者たちには、赦しの秘跡や良心の糾明について記した小冊子が配られ、若者たちは列を作って待ちながら、ゆるしの秘跡に臨んだ。 「悔い改めの日」、「青年の祝祭」に参加したそれぞれの巡礼団がこのテーマに取り組んだ。
日本からの参加者たちは、チルコ・マッシモからそれほど遠くない神言会の本部で、団長のアンドレア・レンボ司教(東京教区補佐司教、日本司教協議会・青少年司牧部門担当)をはじめ、同行の成井大介司教(新潟教区司教)など引率者たちと、講話や、赦しの秘跡、信仰上の相談、ミサなどから構成される一日を過ごした。
・2025年聖年の「青年の祝祭」、世界146カ国、約100万人が参加、28日から8月3日までローマ中心に

(2025.7.24 バチカン放送)
バチカン福音宣教省のフィジケッラ副長官(世界宣教部門担当)が23日、記者会見し、7月28日から8月3日にかけて行われる「青年の祝祭」(8月3日)について発表した。
「青年の祝祭」は、2025年の聖年の様々な行事の中でも、特に大きなイベント。会見には、責任者のフィジケッラ副長官はじめ、イタリア政府からアルフレド・マントヴァーノ首相官房次官や、ローマ市からロベルト・グアルティエーリ市長も参加した。
発表によると、「青年の祝祭」には、世界146か国から約100万人の巡礼者の参加が予定されており、欧州諸国からの参加が約7割を占めるが、レバノン、イラク、ミャンマー、ウクライナ、イスラエル、シリア、南スーダンなど紛争地域からの参加も予定されており、「今回のイベントが世界中の同年代の若者たちからの彼らへの”抱擁”となることを願っっている」と副長官は述べた。
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「青年の祝祭」は、28日の参加者の到着と宿泊先への移動で始まる。若者たちの受け入れに、ローマ市はじめイタリアの370の小教区、400の学校、スポーツ施設や見本市会場など、その他40の施設、また一般家庭などが協力。29日からは、「都市との対話」と名付けられた文化・芸術的、霊的イベントが、ローマ市内の各所で始まり、同日夕方、バチカンの広場で、フィジケッラ大司教の司式により歓迎のためのミサが捧げられる。30日と31日も、ローマ市内で、合計70あまりの様々なイベントが行われる。
8月1日には、ローマ市内チルコ・マッシモで「回心の日」の行事があり、10か国語で、1000人以上の司祭が交代で赦しの秘跡を行なう。2日午前9時に、教皇参加の前夜祭(2日)、ミサ(3日)の開催場所となるトル・ヴェルガータ会場の門が開く。午後は、コンサートや分かち合いが行われた後、8時半から、教皇レオ14世と共に前夜祭が祝われる。3日午前9時より、トル・ヴェルガータ会場で、「青年の祝祭」のフィナーレとなる、教皇ミサが捧げられる。
(編集「カトリック・あい」)
・教皇 レオ14世、夏季休暇のため、20日まで夏の離宮カステル・ガンドルフォに
(2025.7.6 バチカン放送)
教皇レオ14世は6日午後、夏期休暇のために、バチカンからローマ近郊カステル・ガンドルフォに移られた。
同日午後5時すぎに車でカステル・ガンドルフォの町に到着された教皇は、住民はじめ近隣の宗教施設の関係者や修道者、ローマや各地から訪れた信者たちの歓迎を受けられた。離宮に着かれた後、庭園に沿った道を歩かれ、庭園の一角にあるヴィッラ・バルベリーニの門をくぐられた。
この建物は、離宮の敷地内にある建物の一つで、カステル・ガンドルフォを初めて教皇の避暑地として利用するようになったウルバーノ8世(マッフェオ・バルベリーニ、在位:1623-1644)の甥、タッデオ・バルベリーニ(1603-1647)によって建てられ、モンシニョーレ・シピオーネ・ヴィスコンティのかつての別荘を増築したもので、現在もヴィスコンティ家の紋章が一部残っている。
教皇離宮の中の中心的建造物であり、カステルガンドルフォの町の広場に面してそびえる宮殿(パラッツォ・ポンティフィーチォ)は、教皇フランシスコの命で2016年からバチカン美術館の一部となり、現在は博物館となっていることから、レオ14世はヴィッラ・バルベリーニの邸宅を滞在先とされる。
レオ14世は邸宅の入り口で、バチカン市国行政長官ラファエッラ・ペトリーニ修道女をはじめ、アルバーノ司教、教皇離宮責任者、カステルガンドルフォ市長らに迎えられ、邸宅に入られた後、バルコニーから市民らに改めて挨拶された。
教皇は7月20日までこの地で休暇を過ごされ、その後、8月上旬まで、聖年の行事などのためにバチカンにいったん戻られ、8月の数日間を再びカステル・ガンドルフォで過ごされる予定だ。
(編集「カトリック・あい」)
・教皇レオ14世、新教令「被造物保護のためのミサの式文と聖書朗読」に基づく初のミサを9日に
バチカンの典礼秘跡省が3日、「被造物保護のためのミサの式文と聖書朗読」に関する教令を発表された。教皇レオ14世は9日、教令に添付された式文を使用した被造物保護のための最初のミサを夏の教皇離宮カステルガンドルフォで司式される。
教令には原型テキストとしてラテン語式文とそれに対応する聖書朗読が添付されており、その普及が命じられている。(「カトリック・あい」注・なぜラテン語式文なのか、ラテン語式文を世界の教会が各国語に翻訳されるのかは不明)
発表された教令は、「創造主なる神との平和、すべての被造物との平和」をテーマとした、教皇聖ヨハネ・パウロ2世の「1990年度・世界平和の日」のメッセージ発表から35周年、また統合的エコロジーを説いた教皇フランシスコの回勅『ラウダート・シ』(2015年)発表から10周年という、環境問題をめぐる二つの重要文書の記念の年を迎えるのを契機に出された。ミサの式文の作業は、教皇庁の諸機関の協力のもと、教皇フランシスコの在位中に始められたという。
教皇レオ14世は9日、カステルガンドルフォの庭園の一角に教皇フランシスコによって統合的エコロジーの教育を目的に計画された「ボルゴ・ラウダート・シ(ラウダート・シ村)」で、同教令の添付文書が定めるミサの式文と聖書朗読を用い、被造物保護のための初めてのミサを私的な形で司式される予定。
(編集「カトリック・あい」)
・「世界の平和と安定は、日本とバチカンの共通の優先事項」パロリン国務長官が大阪・関西万博「バチカンの日」式典で挨拶
ローマの保護者、使徒聖ペトロ・聖パウロの祭日の29日は、大阪・関西万博( Expo 2025 Osaka, Kansai, Japan)の「バチカンの日」に当たる。この日の式典に出席するためバチカンのピエトロ・パロリン国務長官が日本を訪問した。
式典では、バチカン市国と日本の国旗が掲揚され、両国の国歌の演奏に続き、伊藤良孝万博担当相が挨拶。続いて、パロリン国務長官が「教皇レオ14世に代わって、私からも、尊敬する日本の皆様のご多幸をお祈りすると共に、この国に住むすべての人々に繁栄と平和の恵みを心より祈念申し上げます」と挨拶した。
長官は、今年記念される、日本とバチカンの長い交流の歴史を示すいくつかの出来事—今年は、1555年に鹿児島のベルナルドが、日本のカトリック信者として初めてローマ教皇(当時の教皇パウロ4世)に謁見してから470周年、また、日本初の欧州への使節団である天正遣欧使節のローマ到着と教皇グレゴリウス13世への謁見から440周年、さらに、1615年の慶長遣欧使節の教皇パウロ5世への謁見から410周年を迎えること—を挙げた。そして「これらの歴史的な出会いは、時代の試練に耐えてきた両国の関係の始まりをしるした」とし、今後もこの関係がさらに深まることへの期待を表明した。
さらに、「80年以上前の、日本とバチカンの正式な国交樹立によって強化された関係は、私たちの多くの共通の価値観と実りある協力によるもの」と指摘。「中でも、平和と安定、そして軍備の無秩序な拡大を抑えるための共通の努力は、両国双方にとっての優先事項… 特に今年は広島と長崎への原爆投下から80年を迎えることを忘れてはなりません」と平和への思いを語った。
そして、バチカンのパビリオンのテーマ「美」と「希望」は、「このような共通の価値観に基づくと共に、今日の世界情勢において私たちが非常に重要と考えているもの… 『美』と『希望』はカトリック信者にとって本質的な価値観ですが、それは、そこに歴史におけるキリストとその業が映し出されているためです… 私たちにとって、キリストは神的美しさの最も偉大な表現であり、それは単なる外見を超越した、人々の心と魂に触れる美しさです」と強調。「同時に、キリストは人類の希望でもある。なぜなら、キリストはその生涯と死を通して、全人類に救いと再生の道を開いたためなのです」と述べた。た。
続けて長官は、「私たちの世界、社会、家庭に、この真の美しさがどれほど必要とされていることでしょう… 今日の偉大な技術的功績、経済・金融の発展をもってしても、私たちの共通の生活に完全な意味を与えるには不十分です」とし、故教皇フランシスコの言葉「『美しいものに心を奪われて立ち止まること』を知らない人が、平然とあらゆるものを利用し、濫用の対象物として扱ったとしても、驚くにはあたらない」(回勅『ラウダート・シ』215項)を引用しながら、「人間社会では、まだ見い出すことのできる美を大切にすることが、これまでになく急務となっています」と訴えた。
さらに、「美」の意味と密接に結びつくものとして、「希望」のテーマを取り上げ、「キリスト者にとって、神における信頼と人類への愛に根ざした希望は、個人的な成功に対する望みに限定されず、共通善のための具体的な取り組みへと変換される… 教皇フランシスコは『希望は、間違ったことに憤り、それを変える勇気を見い出すようにと、私たちを招く』(2024年度「主の降誕」の説教)と言っておられます」と語り、「今日ほど希望の徳が必要とされる時代はありません… 多くの紛争と巨大な地球規模の諸問題に特徴づけられた時代に、未来が、期待される以上に恐れられている中で、希望の中にこそ、私たちは恐れからの解放と、献身と行動への励まし見い出すことができるのです」と強調した。
挨拶の最後に長官は、「橋を架け、対話し、手を携え『武装しない、武装を取り除く平和、謙遜な、忍耐強い平和』呼びかける、レオ14世の教皇選出の日のメッセージ(最初の「ウルビ・エト・オルビ」2025年5月8日)を引用して、締めくくった。
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長官の挨拶の後、バチカンの日を記念するコンサートが行われ、西本智実氏による指揮で、長崎、広島、大阪の児童・学生が参加する合唱団をはじめ、ソリスト、オーケストラを合わせ、総勢150名を超える人々と共に、モーツァルトの《戴冠式ミサ ハ長調 K.317》が演奏された。
パロリン枢機卿はこの後、29日午後、大阪のカトリック玉造教会(大阪高松カテドラル聖マリア大聖堂)で、日本の司教たちとミサを司式した。
バチカンの国務省が28日X(旧ツイッター)で伝えたパロリン長官の訪日日程によると、6月30日に東京に移動し、東京カテドラル聖マリア大聖堂でミサを捧げるほか、石破茂首相との会談を行う。また、寬仁親王妃信子殿下(30日)、秋篠宮文仁親王殿下(7月1日)の接見を予定。7月1日に日本を発ち、同日バチカンに帰国する。
(編集「カトリック・あい」)
・教皇レオ14世、夏期日程発表ー7月6日からにカステルガンドルフォの教皇離宮へ

(2025.6.17 バチカン放送)
教皇公邸管理部が17日、教皇レオ14世の夏の休暇など7月から8月にかけての予定を発表した。
予定では、7月は、6日の日曜午後、ローマ近郊、カステルガンドルフォの教皇離宮へ移られる。13日の日曜午前10時、同離宮の教皇直属小教区のヴィラノヴァの聖トマ教会でミサを捧げられ、正午、教皇離宮前の広場、ピアッツァ・デラ・リベルタでお告げの祈りの集いを行われる。
20日の日曜は午前9時30分、アルバーノの司教座聖堂でミサを司式され、正午、カルテルガンドルフォの教皇離宮前の広場でお告げの祈りの集いを持たれる。
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教皇は7月中、個人謁見はなさらず、毎週水曜日の一般謁見も23日まで休止。30日から再開される。
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8月は、15日「聖母の被昇天」の祭日、午前10時、カステルガンドルフォのヴィラノヴァの聖トマ教会でミサを捧げられ、同日正午、教皇離宮前の広場でお告げの祈りの集いを行われる。17日の日曜正午、教皇離宮前の広場でお告げの祈りの集いを行い、午後にバチカンにお戻りになる。
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カステルガンドルフォの教皇離宮はこれまで歴代の教皇たちを迎えてきた。近年では、聖ヨハネ・パウロ2世はカステルガンドルフォを「第二のバチカン」と呼び、同地に深く親しまれたほか、ベネディクト16世も夏期はこの地で執筆に専念し、退位の日とその後の一時期をここで過ごされた。教皇フランシスコは、選出から間もなくカステルガンドルフォを訪問し、引退後同地に滞在していたベネディクト16世とお会いになった。離宮と庭園を博物館として整備し、エコロジー的回心を説く回勅『ラウダート・シ』の精神を表現する空間「ボルゴ・ラウダート・シ」の創設プロジェクトを進められたが、ご自身は夏期を同離宮でなく、バチカンで過ごされていた。
(編集「カトリック・あい」)
・教皇レオ14世、プーチン大統領と初の電話会談ー対話そして和平実現に向け一歩を踏み出すよう要請

バチカンのマッテオ・ブルーニ報道官によると、教皇と大統領は「(ウクライナにおける)人道的状況について、また必要な場合には援助を促進する必要性」について話し合ったとし、「教皇はプーチン大統領に対し、和平に前向きの姿勢を示すよう求め、当事者間に前向きな接触を生み出し、紛争の解決策を模索するための対話の重要性を強調した」と説明した。
また両者は、現在進んでいる双方の捕虜交換のための取り組みと、バチカンとしてマッテオ・マリア・ズッピ教皇特使(枢機卿)が行っている作業の価値についても話し合った、という。
さらに、教皇はこの会談で、(ロシア正教の指導者で、プーチン大統領に影響力を持つ)キリル総主教にも言及し、教皇就任への祝辞をもらったことを感謝するとともに、『キリスト教の価値観を共有することが、平和を求め、生命を守り、真の信教の自由を追求する助けとなる光となり得ること』を強調された、と報道官は述べた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
・「”シノドスの道”は受容の段階に入った、修道者はシノダルな教会の”希望”のエンジン」クレック・シノドス事務局長、世界修道会総長連盟総会で

・教皇レオ14世、バチカンの奉献・使徒的生活会省の次官にSr.メルレッティを任命

(解説)レオ14世の教皇職就任の儀式の進め方は
(2025.5.16 Vatican News Tiziana Campisi)
5月18日、教皇レオ14世の教皇職が正式に始まったことを記念するミサは厳粛な典礼である。この儀式では、ローマ教会を育んだ使徒ペトロと彼の殉教の絆、そして教皇に授与される「Petrine(ペトロ)」の司教徽章(パリウムと漁夫の指輪)の意義が強調される。
18日午前10時(中央ヨーロッパ標準時)、聖ペトロ大聖堂と広場で行われるミサによって、レオ14世は使徒ペトロの後継者、カトリック教会の司牧者として、厳粛に教皇職を開始する。この儀式は、ペトロに関連する古代の司教のしるしである祭服と漁夫の指輪を含む、深い象徴的意味を持ついくつかの瞬間を特徴としている。
パリウム
パリウムは子羊の毛で作られた典礼服だ。見つけた羊を肩に乗せる善き羊飼いのイメージを想起させ、復活の主の呼びかけに対して、ペトロが子羊と羊の世話をするように三重の応答をしたことを思い起こさせる。
テサロニケのシメオンが『De sacris ordinationibus(神聖な叙任について)』の中で書いているように、パリウムは 「迷える羊のように私たちに出会った救い主が、私たちを肩に担ぎ上げ、受肉において私たちの人間性を引き受けることによって、それを神格化し、十字架上の死を通して私たちを御父に捧げ、復活を通して私たちを高められた 」ことを表している。肩にかけ、シャスブレの上に着用する細いバンド。前面と背面に2つの黒いペンダント、6つの黒い絹の十字架、それぞれのペンダントに1つずつ、肩にかかる円形のバンドに4つ、前面と背面にキリストの磔刑の3本の釘を象徴する3つのピン(aciculae )で飾られている。
漁夫の指輪
漁夫の指輪は、兄弟たちを強めるためにペトロに託された信仰の印章を表し、印章指輪という特別な意味を持っている。この指輪は、イエスの言葉を信じたペトロが、奇跡的な大漁の際に船から網を陸に引き上げたことから、「漁師の指輪」と呼ばれている。
聖ペトロの墓にて
典礼は聖ペトロ大聖堂の中で始まる。東方諸教会の総主教に伴われ、新教皇は聖ペトロの墓の礼拝堂に下り、そこで祈った後、焼香する。この瞬間は、ローマ司教と使徒ペトロとの深い結びつきを強調するものであり、ぺトロは、他の多くのキリスト教徒とともに、まさにその場所で血をもって信仰の証しをしたのだ。
その後、2人の助祭がパリウム、漁師の指輪、福音書を持ち、聖ペトロ広場に設置された祭壇に向かって行列を進める。
聖ペトロ大聖堂から広場に向かう
教皇レオ14世が行列に加わり、ローマ教会の聖なる教皇、殉教者、聖人たちの執り成しを求める「ラウデス・レジアエ」(聖歌)が歌われる。大聖堂の中央扉に掛けられているのは、奇跡的な魚の捕獲を描いたタペストリーで、御言葉の典礼と祝典全体の中心テーマであるイエスとペトロの対話を描いている。このタペストリーは、元々はシスティーナ礼拝堂のためにラファエロの漫画に基づいて作られたフランドルのタペストリーの複製で、現在はバチカン美術館に収蔵されている。
祭壇の近くには、ジェナッツァーノのマリア神社の聖母像がある。
この日は復活節の主日であるため、儀式は祝福と聖水の散布で続けられる。続いて、ペトロの上に教会を建てるという御父のご計画を思い起こさせるグローリアと コレクトが歌われる。
御言葉の典礼
続いて御言葉の典礼が始まる。スペイン語で宣言される第1朗読は使徒言行録(使徒言行録4:8-12)からで、この中でペトロはキリストを 「建てる者に拒まれた石 」と宣言している。イタリア語で宣言された答唱詩編(詩編117章—118章)は、「石」のイメージを続けている— 「家を建てる者の捨てた石が、隅の親石となった」(118章22節)。
第2朗読もスペイン語で、ペトロの手紙1(5章1₋5節、10-11節)からで、ペトロとローマ教会、そしてペトロの後継者の宣教のつながりを強調している。
福音はヨハネ福音書( 21章15-19節)で、ラテン語とギリシア語で読まれ、イエスがペトロに「私の小羊を飼いなさい」「私に羊の世話をしなさい」「私の羊を飼いなさい」と三度、命じられたことが語られる。
ペトロ司教章の授与
福音朗読の後、それぞれ異なる大陸を代表する3人の枢機卿がレオ14世に近づく。一人目は教皇の上にパリウムを置き、二人目は教皇の上に主の臨在と援助を求める特別な祈りを捧げる。三人目も同様に祈り、「私たちの魂の羊飼いであり司教」であり、ペトロの岩の上に教会を築き、ペトロによって「生ける神の子」と認められたキリストを呼び起こし、新しい教皇に「漁夫の指輪」を授けてくださるよう願い、その後、レオ14世に指輪を贈る。
この瞬間は聖霊への祈りで締めくくられ、聖霊がキリストの弟子たちを聖体一致のうちに守る力と優しさを新教皇に授けてくださるようお願いする。そして教皇は、「Ad multos annos!」(何年もの間)という喝采の中、福音書をもって集会を祝福する。「多くの年よ!」とギリシャ語で宣言される。
忠誠の誓いを受ける
世界各地から集まった神の民の中からの12人の代表者が教皇への忠誠を誓う。ミサは、続いて教皇の説教に移る。
その後、「使徒信条」が歌われ、ポルトガル語、フランス語、アラビア語、ポーランド語、中国語による「普遍の祈り」または「信徒の祈り」が続く。普遍的な教会のため、教皇の職務の始まりのため、文権を持つ立場の人のため、苦しむ人や苦難にあるすべての人のため、そして集まった集会のために祈りがささげられる。
聖体の典礼
聖歌 「Tu es pastor ovium」(あなたは羊飼い)」が歌われると、パンとぶどう酒を捧げる祈りによって、教会の宣教活動を通して、あがないの実りが全地に届くようにと祈る。その後、教皇レオ14世は第一の聖体の祈りを行い、聖体の儀式が続く。その終わりに教皇は、神が教会を一致と慈愛のうちに確証し、教皇自身が、教皇にゆだねられた群れと共に救われ、守られるように、と祈る。
終わりの儀式
ミサ閉祭の前に、教皇は短いあいさつを述べる。Regina Celiの歌唱の後、教皇は、聖書の「ぶどうの木」と「ぶどう園」のイメージを教会に当てはめた厳粛な祝福を授ける。そして、主が植えられたブドウの木を「見守り」、「守って」くださるよう祈り、主の救いの御顔がすべての人の上に「輝く」よう願う。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
・長年の知己でありバチカンで共に働いた新教皇について、タグレ枢機卿が語った(Vatican News)

問:システィーナ礼拝堂で、あなたはプレヴォスト枢機卿の隣に座っていた。ご自身への支持が2/3の多数決に達したとき、彼はどう反応されましたか?
答:微笑みと深呼吸を交互に繰り返されました。それは「聖なる諦め」と「聖なる恐れ」が合わさったものでした。私は静かに彼のために祈りました。彼が必要な票数を得た瞬間、万雷の拍手が沸き起こった(教皇フランシスコが選ばれた時のように)。枢機卿たちは、自分の”弟”であるプレヴォスト枢機卿への喜びと感謝を表しました。それはイエスとプレヴォスト枢機卿の親密なひとときでもありました。私は自分に「聖なる沈黙が、イエスとペトロを包み込むように」と言い聞かせました。
問:”聖イグナチオの息子”の次に”聖アウグスティヌスの息子”が教皇に選ばれました。イエズス会士の後にアウグスティヌス会士というように、教会には次々と主要な修道会に所属する教皇が誕生しているが、それは何を意味するのでしょう?
答:聖アウグスティヌスと聖イグナチオには多くの共通点があります。二人とも世俗的な経験を持ち、冒険的な探求につながる落ち着きのなさを経験しました。そして、神によって定められた時に、イエスの中に自分たちの心が望むもの、「永遠に古く、永遠に新しい美」、「万物の永遠の主 」を見出したのです。”アウグスティヌス派”と”イグナチオ派”という 「学派 」は、「神の恵みと憐れみ」という共通の土台から生まれ、それが心を解放し、愛し、奉仕し、宣教に赴かせるます。
教皇レオ14世は、アウグスティヌス精神を保ちつつ、教皇フランシスコのイグナチオ精神にも共鳴されるでしょう。私は、教会全体が、いや人類全体が、彼らの賜物から恩恵を受けると信じています。結局のところ、聖アウグスティヌスと聖イグナチオ(そしてすべての聖人)は教会全体の宝なのです。
問:プレヴォスト枢機卿は宣教司教でした。米国で生まれ育ったが、ペルーで司祭・牧師として養成された。彼は 「2つの世界の教皇 」だと言う人もいます。アジア出身のあなたから見て、人々はそのような教皇をどのように見ているでしょうか?
答:教皇レオ14世の教皇職における恵みの優位性を否定することなく、彼の人間的、文化的、宗教的、宣教的背景が、教皇職にユニークな表情を与える、と私は信じています。これはすべての教皇に当てはまることです。生ける神の御子イエスへの信仰において兄弟姉妹を強める、という教皇の務めは変わりませんが、歴代の教皇はそのユニークな人間性を通してそれを生き、行使するのです。教皇レオ14世の多様な大陸的、文化的な背景は、彼の教皇職において、必ずや助けとなり、教会に利益をもたらすでしょう。アジアの人々は、どの国の出身であれ、教皇を教皇として愛しています。カトリック信者だけでなく、他のキリスト教徒やキリスト教以外の宗教の信者からも愛されています。
問:多くの人々が、あなたが教皇になることを期待して「応援」していました。そのことをどう感じましたか?イタリア語で言うところの 「papabile 」の筆頭であることを自覚していましたか?
答:脚光を浴びることを好まない私にとって、そのように注目されるのは、むしろ不安でした。その影響を受けないように、精神的、人間的な強さを奮い立たせようとしました。枢機卿たちに課せられた重大な義務、したがって、普遍教会のために正しい意図をもって行動する必要性、「solum Deum prae oculis habentes(目の前にあるのは神だけだ)」という使徒憲章Universi Dominici Gregisの言葉を何度も黙想しました。
それぞれの枢機卿は投票用紙を置く際、こう言います―「私は、私の証人として、私の裁判官である主キリストを呼び求めます」と。ある人への一票が別の人への一票となるような、世俗的な政治選挙の意味での 「候補者 」が存在しないことは明らかです。普遍的な教会の善を求めるとき、勝者と敗者を求めることはありません。この指針は心を浄化し、平和をもたらします。
問:教皇フランシスコの命日から1カ月が経とうとしています。彼が教会と人類に残した最も永続的な遺産は何でしょうか?
答*教皇フランシスコの教えと遺産について、カトリック信徒、非カトリックのキリスト教共同体、非キリスト教諸宗教の信徒から寄せられた数多くの証言に、喜んでいます。これらの証言が、教皇フランシスコだけでなく、ペトロの務めを理解するための一部として、これからも増え続け、「集められる」ことを願っています。
私としては、教皇フランシスコの教皇職を際立たせた人間性の賜物、すなわち、他者に対して人間的であることを強調したい。フランシスコについての個人的なエピソードがあれば、ぜひ教えてほしい。私たちの世界は、真に人間であることの美しさと価値を再発見し、育む必要があります。教皇フランシスコは、その素朴で、か弱くさえある人間性を通して、自分自身の栄光のためではなく、イエスにおいて完全な人間となられた神のより大きな栄光のために、この探求に多大な貢献をしてこられたのです。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
Cardinal Tagle reflects on Pope Leo XIV as a missionary shepherd
In the Sistine Chapel, during the Conclave, Cardinal Luis Antonio Tagle and Cardinal Robert Francis Prevost sat next to each other. Today, during a private audience, they met once again, one week after Pope Leo XIV’s election and his first Urbi et Orbi blessing.
The American-Peruvian cardinal and the Filipino cardinal have known each other for many years and, over the past two, have worked together closely as heads of their respective dicasteries—Bishops and Evangelization. In this interview with Vatican News, Cardinal Tagle offers a personal portrait of the new Pope, recounts the spiritual experience of the Conclave, and reflects on Pope Francis’ legacy.
Cardinal Tagle, Pope Leo XIV has begun his pontificate following a quick conclave. What stands out to you about this Pope, whom we are all just beginning to know?
I first met Pope Leo XIV in Manila and in Rome when he was still the Prior General of the Order of St. Augustine. We worked together in the Roman Curia starting in 2023. He has a deep and patient capacity for listening and engages in careful study and reflection before making a decision. The Pope expresses his feelings and preferences without imposing them. He is intellectually and culturally well-prepared, but without showing off. In his relationships, Pope Leo brings a calm warmth, shaped by prayer and missionary experience.
On the eve of the Conclave, many spoke of a divided Church and cardinals with unclear ideas about choosing a new Pope. Yet the election concluded on the second day. How did you experience this Conclave, your second after 2013?
Before any major, global event, you hear speculation, analysis and predictions–and a conclave is no different. I have participated in two conclaves which I count as a real grace. In the conclave of 2013, Pope Benedict XVI was still alive, while in the conclave of 2025, Pope Francis had passed into eternal life. We should bear in mind the difference in context and atmosphere. While each of the two conclaves was a unique and unrepeatable experience, some elements remain constant.
In 2013, I wondered why we had to wear choral attire during the conclave. Then I learned and experienced that a conclave is a liturgical event – a time and space for prayer, for listening to God’s Word, the stirrings of the Holy Spirit, the groanings of the Church, humanity and creation, for personal and communal purification of motivations, and for worship and adoration of God, whose will must reign supreme. Both Pope Francis and Pope Leo were elected on the second day. The conclave teaches us, our families, parishes, dioceses, and nations that communion of minds and hearts is possible if we worship the true God.
In the Sistine Chapel, you were sitting next to Cardinal Prevost. How did he react when the 2/3 majority vote was reached?
His reaction alternated between smiling and breathing deeply. It was holy resignation and holy fear combined. I silently prayed for him. The moment he got the required number of votes, a thunderous applause erupted, (much like at the election of Pope Francis). The Cardinals expressed joy and gratitude for their brother, Cardinal Prevost. But it was also an intimate moment between Jesus and him, which we could not enter nor disturb. I said to myself, “Let holy silence envelope Jesus and Peter.”
After a son of St. Ignatius, we have a son of St. Augustine. What do you think it means that the Church has one Pontiff after another who belonged to a major religious order, an Augustinian after a Jesuit?
St. Augustine and St. Ignatius had many things in common. They both had worldly careers and experienced a restlessness that led to adventurous pursuits. Then, at the time appointed by God, they found in Jesus what their hearts desired, “Beauty ever ancient, ever new”, “Eternal Lord of all things.” The Augustinian and Ignatian “schools” arise from a common ground of God’s graciousness and mercy which frees the heart to love, serve and go on mission.
While keeping his Augustinian spirit, Pope Leo will also echo the Ignatian spirit of Pope Francis. I believe the whole Church – and indeed the whole of humanity – will benefit from their gifts. After all, St. Augustine and St. Ignatius (and all the saints) are treasures of the whole Church.
Cardinal Prevost was a missionary bishop. He was born and raised in the United States, but formed as a priest and pastor in Peru. Some have said he is the “Pope of two worlds.” From your perspective in Asia, how do people view such a Pope?
Without denying the primacy of grace in the ministry of Pope Leo, I believe that his human, cultural, religious and missionary background will give a unique face to his ministry. But this is true of all Popes. The Petrine ministry of strengthening brothers and sisters in the faith in Jesus, the Son of the living God, remains the same—but each Pope lives and exercises it through his unique humanity. Pope Leo’s multi-continental and multi-cultural background will surely help him in his ministry and benefit the Church. The people of Asia love the Pope as Pope, whichever country he comes from. He is loved not only by Catholics, but also by other Christians and followers of non-Christian religions.
Many people were “supporting” you, hoping you would become Pope. How did you experience that? Were you aware that you were, as they say in Italian, a leading “”?
As someone who does not enjoy being put in the limelight, I found the attention rather unsettling. I tried to muster spiritual and human strength in order not to be affected. I meditated a lot on the words of the apostolic constitution Universi Dominici Gregis concerning “the grave duty incumbent on (the Cardinals) and thus on the need to act with right intention for the good of the Universal Church, “solum Deum prae oculis habentes.”
While placing his ballot, each Cardinal says, “I call as my witness Christ the Lord who will be my judge, that my vote is given to the one who, before God, I think should be elected.” It is clear that there are no “candidates” in the worldly sense of political elections, where a vote for one is a vote against another. When you seek the good of the Universal Church, you do not seek for winners and losers. This guiding principle purifies the mind and brings peace.
We are approaching the one month anniversary of Pope Francis’ death. In your view, what will be the most lasting legacy he leaves to the Church and to humanity?
My heart is gladdened by the numerous testimonies given by the Catholic faithful, non-Catholic Christian communities and members of non-Christian religions about the teaching and legacy of Pope Francis. I hope these testimonies continue to grow and be “gathered” as part of our understanding not only of Pope Francis but also of the Petrine ministry.
For my part, I would highlight his gift of humanity—of being human to others—which marked his Pontificate. If you have a personal story to tell about him, share it. Our world needs to rediscover and to nurture the beauty and worth of being authentically human. Pope Francis, through his simple and even frail humanity, has contributed immensely to this search, not for his own glory, but for the greater glory of God, who in Jesus became fully human.
・教皇レオ14世、ウクライナ東方カトリック教会のキエフ大司教と会見
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
・教皇レオ14世の5月後半の典礼行事を発表
