(解説)教皇の生前退任は稀、それがルールを定めるのを難しくしている(Crux)

(2020.1.17 Crux  Charles Collins)

 ツイッターとマスコミで表沙汰になって一週間、「名誉教皇」の立場が地位が脚光を浴びている。

 前教皇のベネディクト16世の”協力”-と言っておこう-を得た典礼秘跡省長官のロベール・サラ枢機卿による「司祭の独身制の重要性」を主張する著作は、現在の教皇フランシスコが検討中の課題に意見をはさむ前教皇の適性に関して様々な問題を提起することになった。

 教会法学者を含む幾人かの論者は、多くのカノニストを含む数人のコメンテーターは、教皇の引退に関係するルールを明確にするよう主張している。これは、ベネディクトが著者として名を連ねているだけでなく、名称を、本名のジョセフ・ラッツィンガーではなく、「教皇」というタイトル付きで「ベネディクト16世」としていることによる。また彼は、教皇が着用する白を着続けており、バチカンの敷地内に住居を構え続けていることも、以前から問題にする声がある。

 こうした彼の判断に対しては、批判する意見も、擁護する意見もあるが、いずれにしても、教皇の引退に関わるルールを教会法で明確に定める必要がある、という点ではコンセンサスが出来つつある。

 だが、「難事件は悪法を作る」という諺が思い浮かぶ。

 ベネディクトはほぼ600年ぶりに生前に引退した教皇だ。1415年にグレゴリオ7世が教皇の座を放棄することで西欧の分裂を終わらせた。1294年の聖セレスティン5世以来のことだった。言い換えれば、それは「ブラックスワン」、つまり非常に珍しいが、後から見れば、誰もが準備ができていると考える重要な出来事だったのだ。

 ベネディクトが引退を決めた時、引退後のことについても、どうするか選ばねばならなかった。選択肢の中には、神学的な瞑想の生活もあったが、実際に選んだのは、実利的な理由によるものだった。バチカン庭園に住むことは、おそらく最も実利的だった。それは物理的な身の安全を保障するだけではなく、職務に熱心な検察官からの召喚状など、外部の干渉から守ることにもなる…。

 「白」を着続けているのは?ー他に着るものを持っていなかったからだ、という。それでは、「ベネディクト」という名前と「名誉教皇」というタイトルを保持し続けているのは?教皇としての最後の一般謁見で、ベネディクトは、自分は教皇であり、常に「聖ペテロの囲い」の中にとどまるだろう、と述べた。このことは、自分は、もはやペトロの“the” successor(後継者)ではないが、常にペトロの”a”successorだ、ということを自認したことになる。

 このことから、ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキンの有名な著作、指輪物語(The Lord of The Rings)』を連想せざるを得なくなる(注:人間ホビットエルフドワーフオークトロルなどが住む架空の世界である「中つ国(Middle-earth)」を舞台とし、主人公のホビット族であるフロドを含む9人の旅の仲間が、冒険と闇の勢力との戦いを繰り広げる。諸悪の根源・冥王サウロンを完全に滅ぼすため、全てを統べる「一つの指輪」を破壊するための冒険と友情が描かれる。)。

 いったん、パワーのある「一つの指輪」を手に入れると、それがサムワイズのように短い間のことでも、常に「指輪の持参人」となるのだ。 (人によっては、別の古い格言を思い出すかもしれない-All analogies limp, and some of them craw)。 そのとおり。多くの方法で、ベネディクトと彼の顧問たちは2013年に、それを即座にやってのけたのだ。

 カトリック教会は、前教皇をどのように扱ったらいいのか、あまり考えていなかった。簡単な対処法はなかった。教皇は「枢機卿」に戻ることができるのか? 教皇は「スーパー枢機卿」ではない。教皇に選ばれた時点で枢機卿団から去る。実際問題として、退任を表明した教皇が、教皇選挙に参加したいと思うだろうか? ベネディクトはそうは思わず、自分の後継者を枢機卿たちが選んでいる間、教皇の夏の別荘であるローマ郊外のカステルガンドルフォに身を隠していた。

 彼は、教会のことについて、絶対に語るべきではないのか? つまるところ、ベネディクトは、自分は「世界から隠される」ことになるだろう、と述べた。しかし、この計画をもみ消したのは、フランシスコだった。

 2014年に、教皇フランシスコはイタリアの新聞Corriere della Seraにこう語ったー自分はベネディクトと話し、「彼が人々と会うのを好むなら、表に出て、教会生活に参加する方が良いだろう」と判断した、と。そして、ベネディクトを自分の祖父母と比べ、「知恵と助言で家族を元気づける。老人ホームで一生を終える値しない人」と語った。もちろん、意見を異にする引退教皇は、異なる課題をもたらすかもしれない。深刻なスキャンダルのために将来の教皇が退任せざるを得ないとしたら、祖父の愛情が欠けている、ということになるかも知れない。

 「名誉教皇」についての解釈を公式化するには、別のややこしい問題がある。カトリック教会においては、教皇が唯一の立法者だ。元教皇をどう扱うかを詳細に定める法律があったとしても、退任を考えている教皇は、自分の都合のいいように法律を調整することができる。

 このことは、ベネディクトが引退生活をおくるかどうかについて法律上の問題はない、と言っているわけではない。人々が「”ある”前の教皇」について話す場合、それは「特定の“前”の教皇」のことを意味している。フランシスコが、家族の中での「祖父」の役割にことよせて、ベネディクトと別の話(注:引退教皇となったベネディクトの身の振り方についての話)をしたとしても、驚くことはないだろう。

 だが、教皇が生前にその座を降りることが、おそらく今後100年以上、あるいは(注:ベネディクトの教皇引退がそうであったように)600年もないとすれば、「名誉教皇」の役割についてどのような公式の手順を定めるべきかに時間と労力を費やすのは、いかがなものだろうか。

 92歳の男が本の1章を書いたことを理由に、時間と労力を費やし過ぎだ、と思う人もいるかもしれない。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

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2020年1月18日