マリー・コリンズ女史は憔悴している。彼女がバチカンの政治と内部抗争に強い不満を抱き、教皇フランシスコが設置した「聖職者による青少年性的虐待対策委員会」の委員を辞任して以来、メディアの取材競争の渦中に巻き込まれているのだ。
(「カトリック・あい」注・幼児を中心とした少年・少女に対する聖職者による性的虐待は、フランシスコの教皇就任よりはるか以前から、欧米を中心に問題が表面化を続け、カトリック教会での聖職者の権威失墜、信徒の激減を招いているにもかかわらず、いまだに収束の気配を見せていない。「子供のための委員会」は、この問題の深刻さを痛感するフランシスコが 教皇就任後、問題の抜本的対処のために真っ先に発足させていた。)
「毛布をかぶって、一週間、眠りたい」と女史は語る。これは、単に彼女が委員を辞めて、それでおしまい、という話ではない。彼女にとって、性的虐待に対する戦いは、彼女自身の体験に基づくものであり、性的虐待の防止は彼女のライフ・ワークだ。その彼女がここ数日、味わったのは、魂がいっぺんに抜けたしまうような経験だった。
彼女は、聖職者による性的虐待のもっとも酷い被害者だ。13歳の時、ダブリンのカトリック病院の専属司祭から性的暴行を受けた。彼女は衝撃を受け、自分が過ちを犯したように感じた。罪の意識に打ちひしがれ、自信を失った。他の多くの犠牲者と同じように、加害者への訴えは教会に無視され、対応を誤られ、彼女の精神的苦痛はさらにひどいものとなった。
それでも、彼女は苦難を乗り越え、青少年保護の専門家になり、ダブリン大司教区とアイルランド教会全体とともに、効果的な青少年保護のガイドラインを作成した。確固とした信念を持ち、はっきりとものを言う彼女は、犠牲者と教会の橋渡しをする公正な役割を果たす人として尊敬されている。 アイルランドでこの問題が隠蔽され続けた暗い日々を経験した後、彼女は犠牲の求めを理解する一方で、司教たちが、問題解決に必要な改革に取り組むのを助けようと努力した。
2014年に教皇フランシスコがこの問題に対する抜本的な対策の提言を受けるために委員会を設置した時、彼女は委員就任を要請されて引き受けた。委員会は3年にわたる問題の検証、議論を経て、提言をまとめ、教皇に提出した。「教皇は提言のすべてを受理されました」。だが、それは実行に移されなかった。「教皇に問題があるのではない。バチカンの担当者たちが、やる気をもたなかったのです」と彼女は言う。
教皇庁のこの問題の担当部署は教理省だ。同省は性的虐待の訴えを受理し、取り調べをし、”有罪”と判断した聖職者の処分を決める責任がある。ところが、委員会との協力を拒み、特に、委員会が一般信徒の専門家の力を借りたことから、「この問題を扱う教会法上の権限が何もない」とし、委員会は単なる助言グループに過ぎず、バチカンの公的な部署でもない、と敵意さえ示したのだ。
委員会は、提言の中に、性的虐待防止のためのガイドラインを盛り込み、さらに、それを守らない司教への対応についての方策も協議した。「出来上がったガイドライン案は、世界一すぐれたものでした。でも、実行されなければ、司教たちがそれに従わなければ、何の価値もありません」。教理省には、性的虐待を審理する部署がすでに存在しているが、教皇はこの問題を扱う別の部署を作ることを発表している。
「忍耐の限界を越えているのは、性的虐待の被害者に対する司牧的な配慮の欠落です。その象徴的な例が、被害者からの手紙に対する回答を、バチカンの担当部署が拒んだことに表れている。外部の者の憤りと一般信徒の屈辱を招くような聖職権主義と『我々がいちばんよく知っているのだ』という高慢な姿勢、それは教皇が指摘していることです」と彼女は語り、「『そんなことは我々が何年もやってきた。どうしてお前たちの話を聞かなければならないのか』という彼らの態度を見せつけられる。それが、私が委員を辞任した理由です。彼らは、助言を受けることが権威の低下を招くことにつながる、と考えているようです」。
そして、「そう言えば、委員会発足の時に、教皇庁のどの部署からも代表を送ってきませんでした。とても落胆しました。そのようなことは予想もしていなかった。バチカンの外の世界では、『問題解決のお手伝いをしましょう』という集まりと一緒の対策を考えるのが当然なのに。彼らは初めから私たちの活動に反対だったのです」と振り返った。
このような現状を打開するのに必要なのは「文化を改めることです」と彼女は言う。教皇は今、性的虐待に処罰をしない、という問題、性的虐待を犯した者に対する過度の”慈悲”を示すという問題の最前線に立っている。さらに、教皇は彼の宿舎であるサンタマルタの館に泊まった委員会のメンバーと個別に会うことはしたが、委員会には出席したことがなかった。彼女は、教皇は、性的虐待問題でいくつか疑問符のつく判断をしたことがあるが、子供たちを危険な状態に置くようなことは何もしていない、としている。「重要な点は、彼の決定の結果、子供たちの危険にさらすような場所に誰も置かれることがなくなった、ということです」とも言う。また、委員会に対して拒否の姿勢を示すことで、その設立者の教皇フランシスコの権威を削ごうと狙う者もおり、「まったく、恥ずべきことです」と強く批判した。
コリンズ女史の辞任で、このバチカンの委員会には、性的虐待を経験したメンバーがいなくなったが、彼女は、公的な教会の組織の外で活動を続けるつもりだ。しかし、彼女の辞任は、聖職者による青少年の性的虐待問題で揺れ続けるカトリック教会にとって大きな損失だ。彼女の委員会での業績は徐々に成果を見せており、委員会もさらなる成果に向けて活動を続ける、としている。だが、女史の辞任で改めて表面化した教会内部の改革に対する抵抗は、まだまだ成果への道は遠いことを示している。
(抄訳・南條俊二)
“The Tablet: The International Catholic News Weekly. Reproduced with permission of the Publisher” and that you quote our website address http://www.thetablet.co.uk
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