ミュラー教理省長官退任と教皇の意図、使徒的勧告「Amoris Laetitia」(Tablet/Crux)

(2017.7.1 Tablet  Christopher Lamb)

 バチカンは1日、教理省長官のゲルハルト・ミュラー枢機卿について「5年一期の任期の延長はなく、同省次官のルイス・ラダリア大司教(73)―教皇と同じイエズス会士―と交替する」との声明を発表した。声明の中で、教皇はミュラー枢機卿のこれまでの業務に謝意を示したが、現在69歳で、まだ現役の期間を6年残している枢機卿の次のポストを明示することはなかった。

 長官の事実上の解任は、財務評議会議長のジョージ・ペル枢機卿が、性的虐待で訴追されオーストラリアの裁判所に出廷するために職務休止の許可を得て帰国することを29日に表明したのに続く、幹部の進退をめぐるバチカン関係者にとって衝撃となった。

 ミュラー枢機卿は著名な神学者と知られ、前教皇ベネディクト16世によって教理省長官に任命されたが、教皇フランシスコの出した使徒的勧告Amoris Laetitia.(家庭における愛の喜び)の解釈をめぐって不協和音を生じた。勧告で示唆された離婚・再婚者に対する聖体拝領の是非をめぐって、司教たちの一部があからさまに反旗を翻す動きがあり、ミュラー枢機卿はこの問題への対応の一本化の必要を主張した。枢機卿はまた、この問題で公に教皇に、勧告の表現の修正を求めたレイモンド・バーク枢機卿など四人の枢機卿のやり方には同調しなかった。枢機卿は、四人の問いかけは正当なものだとする一方で、このようなことを公けにし、混乱を招くやり方に反対した。

 教皇が教理省から三人の司祭を退任させたことをめぐっても緊張があった。ミュラー枢機卿はその決定にあからさまに抗議したが、退けられた。教理省の前身は、カトリックの教義に違反する行為を審査し防ぐことが狙いの、中世から1960年代まで続いた異端審問所だが、彼の長官時代に、米国における女性聖職者の主導的な動きに対して議論のある審査を始めた。

 教理省は、現教皇以前の時代、とくに前々教皇のヨハネ・パウロ二世の下でヨゼフ・ラッツィンガー枢機卿(後に前教皇のベネディクト16世となった)が23年間も教理省長官を務めた間は “La Suprema” (最高の権力)として重要な役割を担った。ラッツィンガー自身が世界的に著名な神学者であり、教理上の境界を越える疑いのある学者たちの取り調べに責任を持った。

 だが、現教皇になって、長官との関係はさほど緊密なものでなくなり、教理省は歴史的に重要だった幾つかの役割を失った。教皇に選出されて間もなくのこと、フランシスコは聖職者の男女との会合で、教理省から手紙をもらっても「心配することはありません」「説明が必要なことはどのようなことであれ、説明しなさい。でも、前に進みなさい」と語った。また、ヨハネ・パウロ二世とベネディクト16世の時代には教皇と教理省との会合が毎週開かれていたが、フランシスコが長官と連絡をとる機会はずっと少なくなった。

 近年は、教理省は司教協議会議に出される聖職者による幼児性的虐待防止の指針作りを助ける一方で、性的虐待で訴えられた司祭についての情報センターになっていた。今年三月には、性的虐待の犠牲者で、教皇が設けた再発防止の委員会のメンバーだったマリー・コリンズ女史から、そうした役割を果たしていないと批判を受けた。女史は、委員会の提言(性的虐待の罪を裁く新たな裁判所の設置など)を実行に移すことにバチカンの担当部局が抵抗を続けているのに抗議して、委員を辞任したが、彼女はまた、教理省が被害者から複数の手紙が来ていることを確認するのを拒んだことに失意を表明した。

 これに対して、ミュラー長官は記者との会見で、被害訴えの手紙に返事をするのはそれぞれの地域の司教の役割でありの設置は”計画”に過ぎない、と反論し、コリンズ女史はそれに反論する公開の文書で返答していた。教皇は5月にポルトガル訪問から帰る途中の機上会見で、コリンス女史を「良い女性です」と語り、性的虐待問題を扱う担当者を任命した。教理省の新長官、ラダリア大司教は、教皇の前で多くの仕事をこなさねばならないだろう。教理省を率いながら、女性助祭の導入について検討する委員会の長も担当することになる。

(翻訳・「カトリック・あい」南條俊二)

(Tabletはイギリスのイエズス会が発行する世界的権威のカトリック誌です。「カトリック・あい」は許可を得て翻訳、掲載しています。 “The Tablet: The International Catholic News Weekly. Reproduced with permission of the Publisher” and that you quote our website address http://www.thetablet.co.uk)

 

(2017.7.2  CRUX EDITOR  ジョン・L・アレンJr.)ドイツ人のゲルハルト・ミュラー枢機卿がバチカン教理省の長官を辞任したことを「イデオロギー上の追放」とみるのは容易である。だが、彼の交替は強力な進歩派の希望ではない、という事実も含めて、そのような見方にはいくつかの問題が存在するのだ。

  仮に、ミュラー枢機卿が、教皇フランシスコが使徒的勧告Amoris Laetitiaで離婚・再婚者に対して聖体拝領の道を慎重に開こうとしたことに懐疑的な見方をとるバチカン保守派の旗頭だとしたとしても、それが明確になった時に、教理省の長官を交替させられたのであれば、教皇が彼を叱責したもの、と見なされるだろう。関係者の中には、教皇が後任の教理省長官にスペイン人でイエズス会の同僚であるルイス・ダラリア・フェレル次官を昇格させたことで、そのように受け取る者もいる。

 だが、話を進める前に、いくつか考えに入れておくべき点がある。

 第一に、7月2日に、枢機卿が2012年に前教皇ベネディクト16世に任命されてから5年の任期の期限を迎えたことだ。もちろん、時の教皇の判断で任期の延長は可能だが、大事な点は、枢機卿が‶解任〟されたという表現は当てはまらない、ということ。彼の任期は満了し、教皇は他の者を任命する判断をしたのだ。

 二つ目に、枢機卿が、教皇のAmorisの 解釈について他の人々よりもブレーキをかける姿勢をとっていたことは疑いがないが、「教皇の不俱戴天の敵」であるとは言い難い。例えば、家庭をテーマに2015年に開かれた二回目のシノドス(全世界司教会議)でドイツ語圏の司教たちは、自分たちの会議への提言を全員一致で行ったが、それには彼も入っていた。

 彼は中南米の教会ともとても密接な関係にあり、解放の神学を奉じる司祭の一人とされているグスタボ・グチエレス師と長年、親交を結んでいた。2014年には、ローマで行われた行事にグチエレス師とともに参加し、オスカー・ロドリゲス・マラディアガ枢機卿も同席し、バチカンと中南米の進歩派の古傷を癒す歴史的な出来事として注目された。エルサルバドルで人気のあるオスカル・ロメロ殉教者の列聖も支持し、教皇の心をつかんだとされていた。言葉を替えれば、たとえ教皇が灰色と青色を本当に分けようとしたとしても、ミュラーがどちらと見なされるのか、判然としない。

 三つ目に、熱心な進歩派の意図でラダリア師が新長官に任命された訳ではない。彼は2008年に教皇ベネディクト16世によって教理省次官に任命されたが、教理省長官を務めたベネディクトが、教理上の観点からみて疑いのある人物を選ぶことがないのははっきりしている。ラダリア師は、ベネディクトと同じように、「真の教会改革のためには、教会のこれまでの蓄積に戻ることが必要」とする人物だ。イエズス会の同僚のカール・ベッケル師は、ベネディクト16世がラッツィンガー枢機卿として教理省の長官を務めていた時に主要な顧問を務めていたが、ラダリア師は彼と共にイエズス会の保守派の代表格と見られていた。

 欧米の教会でAmorisの解釈で大きな論争になっている「離婚・再婚者への聖体拝領をめぐる問題」について、新長官がミュラー路線から大きく進路変更をするのかどうか、明らかでない。家庭がテーマの二回目のシノドスの直前に、教理省次官だった彼は、フランスの司祭からの「離婚して民法上の再婚をした人が赦免を受けられるか」という問い合わせに、次のような返事を送っている。「その離婚・再婚者が『今後、罪を犯さない』、従って、夫婦に適切とされている行為を慎む、という固い決心をしないのであれば、赦免を受けることはできません・・」。Amorisの拡大解釈を全面的に支持することが、教皇が彼を長官に抜擢した唯一の理由であったら、ラダリア師がそのテストをパスしたかどうか分からない。

 四つ目に、たとえ教皇フランシスコが、気性のあった者と交替させることを問題とするような人物を脇に置こうとしたとしても、別に目新しいことではない。古の時代から現代に至るまで、教皇たちはそのようなことをしてきたのだ。

 ミュラー枢機卿は、教皇との間に亀裂があるようなことを言明したことはない。彼はドイツの新聞とのインタビューで「私とフランシスコ教皇の間に意見の違いはなかった」と語り、Amorisについて言い争いの無いことを強調した。「ある時点で、誰でも引退せねばなりません。でも、ローマにはとどまり、学者としての仕事をし、枢機卿としての役目は続けます。人々の心のケアに関して自分ができることをしたい。やることは一杯あります」と今後の抱負を述べた。

 もっとも、関係者の中には、長官退任をきっかけに、彼が教皇批判派との連携に動く―家庭をテーマにした二度目のシノドスの前に四人の‶懐疑派の枢機卿〟のうち明らかになった三人が出版する本に寄稿することも含めて―ことを懸念する向きもある。この見方によれば、ミュラー枢機卿を長官に再任しなかったのは、自身の見解の大半を共有する人物を後任に指名した純粋に人物本位の判断だ、ということを教皇が明確にしたのだ。ミュラー枢機卿がドイツ紙に語ったところによれば、教皇は彼に「今後は、バチカンの部局の長について、5年の任期を延長することはない。あなたは、その最初のケースです」と説明したという。

 (翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

  • ・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」(欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載します。

ミュラー教理長官退任、後任にラダリア次官が昇格

ルイス・フランシスコ・ラダリア・フェレール大司教 – AP

(2017.7.1 バチカン放送)教皇フランシスコは、バチカンの教理省の新長官として、同省の現次官でイエズス会士のラダリア大司教を任命された。また、ゲルハルト・ルードビッヒ・ミュラー枢機卿の教皇庁教理省長官ならびエクレジア・デイ委員会委員長、聖書委員会委員長、国際神学委員会委員長の任務におけるこれまでの5年毎更新の任期が終了したことに感謝を表された。

 ルイス・フランシスコ・ラダリア・フェレール大司教は1944年、スペイン生まれ。1966年、イエズス会に入る。1973年、司祭叙階。1984年より教皇庁立グレゴリアン大学・神学部教授。1986-94年、同大学副学長。1995年より教皇庁教理省顧問。2008年、同省次官。同年、ティビカ名義大司教。

このエントリーをはてなブックマークに追加
2017年7月6日