(2021.3.6 バチカン放送)
教皇フランシスコは、イラク訪問2日目の夕方、首都バグダッドのカルデア典礼カトリック教会の大聖堂で、今回の訪問で初のミサを捧げられた。旧市街から新しい地区に移住したカルデア典礼の信者たちのために1956年に献堂され、聖ヨセフに捧げられた大聖堂でのミサは、イタリア語、カルデア現代アラム語、アラビア語で司式され、信徒の祈りには、クルド語やトルクメン語も用いられた。
ミサの説教で教皇は、「最も小さな者には憐れみによる赦しがあるが、力ある者たちは力をもって罰せられる」という「知恵の書」(6章6節)の一節を引用され、「世にとって持たざる者は見捨てられ、豊かに持つ者は優遇されますが、神にとってはそうではなく、権力を持つ者たちは厳しく調べられ、貧しい者たちは先になるのです」と語られた。
そして、この「逆転」を福音において完成されたイエスは、山上の説教での「至福の教え(いわゆる”真福八端”)」(マタイ福音書5章1-10節)で、「貧しい人々、悲しむ人々、迫害される人々は幸いである」と教えておられる、と指摘。
「どうしてそのようなことが可能なのでしょうか。イエスの教えは受け入れるに値するのでしょうか」と教皇は問いかけ、「このイエスの教えの中心にあるのは『愛』。世の目には無力に見えても、最後に勝利します。なぜなら、イエスは十字架上で罪より強く、死に打ち勝ったからです」と説かれた。さらに、「この同じ愛が、古今の殉教者たちを試練の中で勝利者にしました… 愛は、イエスの名のもとに侮辱され、迫害された兄弟姉妹たちの力であったのです」とされた。
では、「至福の教え」をどのように実践したらよいのか。教皇は「『幸いな者』とは、柔和さをもって生き、置かれた場所で憐みを示し、心の清さを保つ者」とし、「英雄的な振る舞いをひんぱんにする必要はありません。日々の証しを通じて、イエスの示された精神を生き、力や権力に頼らず、『至福の教え』によって世界を変えていきましょう」と呼びかけられた。
また、教皇は、「愛することを知る者は、物事がうまくいかない時も自分自身に閉じこもることなく、十字架の勝利の知恵を思い出しながら、悪に対して善で応えます」「神はご自身の約束を、私たちの弱さを通してかなえられます… 自分の手が空しく見えても、不信に襲われても、挫折を感じていても、恐れることはありません」と語られた。
そして最後に、「『至福の教え』は、苦しみ、正義に飢え渇き、迫害されるあなたのものです。神はあなたの名を心に、天に刻まれます」と信徒たちを励まされた。
(編集「カトリック・あい」=聖書の引用は「聖書協会・共同訳」による)