
- 教皇レオ14世が15日、バチカンで欧米の俳優、映画製作者、監督、脚本家たちとお会いになり、現代社会において「希望と美と真実の証人」となるよう求められた。。 挨拶で教皇は、1895年にパリで最初の映画が初公開されてから約130年が経った今、映画が持つ継続的な重要性を強調。「映画は、視覚効果で観客を驚かせが段階から、『人生を熟考し、理解したい』という願望の表現となり、その偉大さと脆さを語り、無限への憧れを描き出すものとなっています」と語られた。
- そして、映画は「最も高貴な意味での大衆芸術であり、全ての人々のために存在し、全ての人がアクセスできるもの。単なる娯楽を超え、映画は人々の精神的旅路を物語ります… これが人類への最大の貢献です」と讃えられた。
- さらに、映画は「観客に自らの人生を見つめさせ、経験の複雑さを新たな視点で捉え、世界を初めて見るかのように検証させます。そうして内省は、人生を充実させるために不可欠な希望の一部を再発見させます… 映画が単なる動く映像以上のもの。なぜなら、それは『希望を動き出させる』からです」と述べられた。 また教皇は、「映画館に入ることは、境界を越えること… 暗闇の中で感覚は研ぎ澄まされ、想像もできなかった事柄に心が開かれます… 娯楽を求める人々だけでなく、意味や美、正義を求める人々にも映画は届く。”スクリーン”が日常的に溢れる現代において、映画はより深いものを提供するスクリーンとなり得ます。欲望と記憶と疑問が交差する場であり、私たちの精神は育まれ、想像力が広がります」とされた。
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さらに、劇場や映画館は「コミュニティの鼓動そのもの。コミュニティをより人間らしくするからです」とされたうえで、「こうした文化的価値を持つ場所は衰退の危機に瀕しています。映画芸術と映画体験が危機にさらされているのです」と指摘。関係者たちに、「諦めることなく、文化的・社会的価値を守るために協力し続けるように」と促され、「芸術は。可能性への扉を開く…美は『現実逃避』ではなく、『呼びかけ』なのです。そして、真の映画は観る人を慰めるだけでなく、挑戦を促す。心の奥底にある問いを自覚させます」と励まされた。
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また映画など芸術と聖年との関連にも言及。 「今の聖年に、人々は希望へ向かうことが求められ、世界中の芸術家たちの存在は、まさにその希望の証しです。集う者すべてが希望の巡礼者ですが、その旅路は、キロメートルで測られるのではなく、イメージや言葉、感情、共有された記憶、そして集合的な願望によって測られるのです」と強調された。
そして、俳優、監督、作家、映画製作者たちの仕事に対する教会の評価を顧みながら、教皇は「教会と映画界の友情を新たにすること」を願われ、「映画は希望の工房であり、人々が再び自分自身と目的を見出せる場所。映画を『霊の芸術』とするように。映画は、希望と美と真実-現代世界が切実に必要としているものを証しすることができる。希望と美と真実を証しする映画の使命を堅持するように」と映画人全てに求められた。
「現代世界の問題と向き合うことを恐れてはなりません。優れた映画は苦痛を搾取しない。苦痛を認識し、探求するのです。偉大な監督たちは皆、そうしてきました。私たちの心にある複雑で時に暗い感情に声を与えることは『愛の行為』です」とも語られた。
挨拶の最後に教皇は、「映画製作は共同作業であり、監督や小道具係から電気技師やメイクアップアーティストまで、あらゆる専門職との協働が必要。作品を生み出すには、誰もが重要であり、それぞれ人の賜物と才能が混ざり合うことで、関わる全員が、協力的で兄弟愛に満ちた雰囲気の中で、独自のカリスマを輝かせることができるのです」と励まされた。
謁見の終わりに、参加者たちは教皇に挨拶する機会を得、豪州人で女優、映画プロデューサーのケイト・ブランシェット氏は、難民との連帯を示す小さな青いブレスレットを、映画監督スパイク・リー氏は教皇の出身校であるヴィラノバ大学出の選手が3人いるプロ・バスケットチーム、ニューヨーク・ニックスの特注バスケットボールジャージを、教皇に贈った。
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(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)