「高齢者は教会と社会の中でなくてはならない存在」

 (2016.10.15 バチカン放送)

  10月15日、教皇フランシスコはバチカン内パウロ6世ホールで、約7千人の高齢者たちとの出会いを持たれ、使い捨ての傾向の強い今日の社会の問題を指摘されたうえで、高齢者を非生産者として邪魔者扱いするのではなく、「その真の価値を見つめ、生命の文化の真の証人たちとして認める、見かけだけを重要視するのではない社会」を構築すべき、と説かれた。

 「兄弟姉妹の皆さん、わたしたちは高齢者を非生産者として邪魔者扱いする使い捨て文化に対抗しなければなりません。わたし自身もそのお仲間の、いわゆる第三世代の人々をあらゆる分野で援助する必要があります。高齢者たちの尊厳は高く評価され擁護されるべきです。政治家たち、宗教、文化、教育の責任者、全ての善意の人々は誰をも包含する、心の広い社会を実現する努力をするように招かれています。使い捨て文化がこれ以上広がるのを阻止しなければなりません。昔、子供の頃、おばあさんから、ある家庭で起こったことの話を聞いたことがあります。おじいさんが年取って弱りはて、他の家族たちと一緒に食事もするのも困難になったので、家の主人がおじいさんを別の部屋に追いやってしまったそうです。ところが孫たちが父親に「おじいさんを家族と一緒にしてください」と願い、家族はいつも一つでなければいけないことを、大人たちに理解させたそうです。そうです。確かに子供たちは、おじいさんおばあさんに大人たちよりも、もっと強く結ばれた存在です。そして小さな子供たちこそ、お年寄りが彼らの生活経験とその生き方から、多くのことをよりよく説明できることを知っているのです。異なる世代の間に強い絆を築くことは、大変重要なことです。

民族の健全な未来のために、若者たちと高齢者たちの出会いは不可欠です。若者たちは、前進する民族の生命力そのものです。そして高齢者は、過去の記憶と叡智によってその生命力をますます強化するのです。

おじいさんおばあさんは、機会あるごとのお孫さんたちとよく話すようにしてください。聖書の中にも、若者と老人たちの素晴らしい出会いが記録されています。聖ヨゼフと聖マリアの若夫婦が幼子イエスを神殿へ奉献のために連れて行った時、二人の老人たちが彼らを待ち受けていました。老シメオンと老女アンナです。彼らはイスラエル民族の叡智を代表する者たちでした。二人はこの幼子とともに叡智がますます深められることを神に感謝し賛美したのです。

子供たちがおじいさんおばあさんにいろいろなことを質問するのを許してあげなさい。彼らにはお年寄りとは異なる感性があります。わたしたちとは異なる音楽が好きだったり、異なるものに興味を持ったりします。しかし、彼らはお年寄りを、お年寄りとの対話を、必要としています。お年寄りが若者たちに知恵を分け与えるためです。

今日の社会は見かけに左右される傾向が強い社会です。このような社会にあって、お年寄りこそ変わることのない永遠に残るものの価値を証明する使命があります。なぜならそのような価値こそ人々の心の中奥深くに刻み込まれ、神のみことばによって保証されているものだからです。

わたしたち高齢者は、「人生の各時期は神からの恵みであり、それぞれが美しく、たとえもろくなったとしても、それぞれ固有の重要性を持っているのだ」という事実を証しすることによって、生命文化を促進するよう招かれています。

教会はお年寄りを大きな愛情と感謝と評価をもって見つめます。繰り返して言います。なぜならお年寄りはキリスト教共同体にとっても社会にとっても民族の記憶の根幹として、無くてはならない存在だからです」。

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2016年10月17日