「私たちはまず何よりも、神に属する存在」

教皇アンジェラスの祈り – AP

(2017.10.23 バチカン放送)教皇フランシスコは22日、恒例の日曜正午アンジェラスの祈りの講話で、この日のミサで読まれた主日の福音の箇所にある「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」というキリストの言葉を解説して次のように話された。

 「親愛なる兄弟姉妹の皆さん、今日のミサ中で朗読された福音書のキリストの言葉を考察してみましょう。キリストに巧みな罠を仕掛けようとする反対者たちの狡猾な質問に、キリストは、その質問自体を使って答えます。

 反対者たちは、皇帝に税金を払うべきかどうか、と問います。。キリストは彼らに問いで返します。税金として払う硬貨には誰の銘が彫られていますか、と。皇帝の銘だ、という彼らの答えを受けて、キリストは、皇帝のものは皇帝に、そして神のものは神に返しなさい、と言われました。つまり、国民の一人として国家に税金を払うことは偶像崇拝ではなく、この世の権威者に対する一国民の義務である、と言おうとしたのです。ここで、キリストはもう一つ、もっと重要な義務を思い起こさせます。神に属するものは、神ご自身に帰せ、と。神は、人の生命と歴史の主、なのです。

 皇帝の像が刻まれている硬貨を皇帝に帰すのが国民にとって正当だというのであれば、なおさらのこと、神ご自身の像が刻まれている人間の現実を忘れてはなりません。神は全被造物の主であり、特に全ての人間の主です。聖書によれば、私たちはすべて神の似姿に似せて創造されたもの、何よりも神に属するものです。

 そこで、私たちは一体誰に属するのか、知る必要があります。家族、国家、友人たち、学校、仕事、政治に属するのでしょうか。もちろんそうですが、キリストは、決して忘れならないことを私たちに思い起こさせてくださいます。まず何よりも、私たちは神に属するのだ、ということです。神は、私たち全てを、私たちの持つ全てを、与えてくれた方です。ですから、私たちは毎日、この最も根本的な帰属に感謝しながら、生きる必要があります。私たち一人ひとりを、最愛の御子キリストの像に似せて創造された父なる神に、心からの感謝を捧げるべきです。これは素晴らしい神秘です。

 キリスト者はこの地上の社会生活を常に神に由来する光に照らして生きましょう。それは逃避を意味するのではなく、神に属するものを具体的に神に返すことを意味するのです」。

(編集「カトリック・あい」)

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2017年10月23日