「命ある限り希望がある」ではない、「希望が命を守り、支え、育つようにする」

教皇フランシスコ、9月27日、バチカンでの一般謁見 – REUTERS

(2017.9.27 バチカン放送)教皇フランシスコは27日、バチカンで水曜恒例の一般謁見を行われ、「キリスト教的希望」をめぐるカテケーシス(教会の教えの解説)で、「希望を妨げるもの」とは何かを考えた。

 教皇はこのテーマで、まず「パンドラの甕」の話を想起した、とされた。それは、ギリシャ神話の登場人物、パンドラが「決して開けてはいけない、と言われていた甕」を開けると、ありとあらゆる災いが世界に飛び出した。そして、すべての悪が出て行った後に甕に残ったもの、それは「希望」だった、というもの。

 「この神話は、人類にとって希望がいかに大切か、を物語っています」「『命ある限り、希望がある』とよく言われますが、むしろ逆です。『希望が命を支え、守り、育つようにする』のです( it is hope that supports life, that protects and guards it, and allows it to grow)」と語られた。

 そして、27日から始まった国際カリタスの難民救済キャンペーンを紹介し、「希望は、より良い生活を求め、家や土地、時には家族をも後にして旅立つ人たちの心の原動力なのです」と、原動力を助けるキャンペーンの意義を強調。「また希望は、出会い、互いを知り、対話を願う、受け入れる人々の心の原動力でもあります」とされて、「難民たちの旅を分かち合うこと、希望を分かち合うことを恐れないで欲しい」と呼びかけられた。

 さらに、「希望とは、満ち足りた人々のための力ではありません。貧しい人たちこそが、一番、希望を持つ人々です」と話し、満たされた人たちが眠り込む中で、主の降誕の夜に目覚めていた人々、ヨセフやマリア、羊飼いたちなど、謙遜な人たちの存在を思い起こされた。そして「恵まれすぎた人生というものは、一つの不幸」と指摘し、「期待も、忍耐も、努力も、学ばなかった若者がいるなら、彼は、何も望まず、夢を閉ざした、最悪の生き方をすることになるでしょう」「空虚な魂は、希望にとって最悪の妨げです。それは誰にでもある危険であり、キリスト者の歩みの中で希望を失う誘惑となりえます」と警告された。

 教皇は続けて、「無気力は生活を内面から侵食し、抜け殻のようにしてしまいます」と注意を促し、「神が私たちを喜びと幸福のために創られたことを忘れず、神から来たものではない不幸の誘惑から心を守らなければなりません」と説かれた。

 最後に、「自分を弱く感じ、苦しみとの戦いが辛い時、私たちはいつでもイエスの御名に助けを求めることができます」と語り、「主イエス・キリスト、生ける神の御子よ、罪人の私を憐れんでください」と祈ることで、「キリストは扉を開け放ち、私たちに希望の地平線を見せてくれます」と話された。(「カトリック・あい」編集)

このエントリーをはてなブックマークに追加
2017年9月28日