バチカンめぐる最近のスキャンダル二つについて考える(Crux)

(2017.9.24 Crux Editor John L. Allen Jr. ) 報道関係者は、悪いニュースだけを伝えようとする、としばしば非難される。それは若干の真実を含んでいる。彼らにとっての経験則は、スキャンダルや論争がらみのニュースは‶売れる”、好ましく感じられたり、希望を与えるようなニュースは‶売るのに苦労する〟というものだが、それはニュース対象の全体像を提供できないことの言い訳ではない。そして、報道関係者には、取材対象が通常は隠しておきたがるような冷厳な真実を明るみに出す重要な役割がある。カトリック教会が幼児性的虐待という世界中に広がった酷いスキャンダルから何か学んだとすれば、それは、悪いニュースに向き合うことを拒めば、事態はもっと悪くなる、ということだ。

 今、バチカンは、とても模範にできない二つの筋書きに直面している。一つは駐米教皇大使館勤務の司祭が児童ポルノ取締法違反の容疑をかけられている問題、もう一つは教皇がスポンサーになっている小児病院の前幹部たちに対する不適切な資金取り扱いをめぐる裁判の問題だ。これらについて理性的に考えるために若干の材料を提供したい。

バチカン外交官と幼児ポルノ

 9月15日、バチカンは短い文章の記者発表をした。内容は、ワシントンの教皇庁大使館の司祭・外交官が米政府から児童ポルノ取締法違反の容疑をかけられ、ローマに召喚された、教皇庁の控訴院は調査を始め、米政府に情報の提供を求めているが、調査は部外秘で進められる、というものだ。

 これを聞いて、報道関係者の中には、事実を覆い隠そうとする‶臭い〟を感じ取り、また、どうして問題司祭―後で、イタリア人のカルロ・アルベルト・カペラという実名が分かった―を米国の司直の手に委ねなかったのか、疑問を持つ者が出た。また、バチカンのニュース提供の仕方に批判的な動きもある。長くカトリック関係の評論を続けているイエズス会士のトム・リーズ神父は「21世紀に入って、これほど酷い新聞発表はなかった」と驚きを隠さなかった。問題の司祭の名前も、彼がどのような形でローマで拘禁されているのかも含めて、全く詳細を明らかにせず、‶部外秘‶で通そうとしたのだ。

 これを、2013年8月に駐ドミニカ共和国大使のジョゼフ・ウェソロウスキ大司教が未成年者と性的関係を持ったとして告訴された際の対応と比べるといい。当時のバチカンの広報官だったイエズス会士のフェデリコ・ロンバルディ神父は記者団に「大司教はバチカンの裁判所での審査に委ねられる」とし、仮にドミニカ共和国が問題の容疑で召喚を希望する場合は、国際的な取り決めに従う、と説明していた。これは、私たちは彼を隠すことはせず、進んで責任を取らせる、という明確なメッセージだった。

 最新の状況の下で起きていることを考える場合、三つの点が参考になる。

 第一に、カペラとウェソロウスキを比べようとするとき、比べられない面がある、ということだ。

 ウェソロウスキの問題が発覚した時、容疑が公けにされ、重大な犯罪がされたと信じる正当な根拠が存在した。カペラの場合は、バチカンが現時点までに知っているのは幼児ポルノ取締法違反の‶可能性‶がある、ということだ。広報官の発表時点で、米国の捜査当局は具体的な容疑の内容をまだバチカン側に渡しておらず、バチカンは米側の情報提供待ちの段階だ。バチカンの幹部が詳細を知らされないために、カペラの有罪に向けてボールを転がし始めるのをためらうのは理解できる。聖座に仕えるために海外に送られる外交官は、スキャンダルの臭いがしただけで、即、保身のための犠牲にされる―それが真実を突いていなくても―ということにもなるのだ。

 第二に、ウェソロウスキのケースは、表ざたにならないように隠す前に慎重に振る舞うべきだ、ということを示唆している。彼は2014年に公式に司祭職をはく奪され、2015年8月に死亡が確認された時点で刑事訴追が行われていた。カペラに厳しい容疑が掛けられれば、同じ運命をたどるだろう。

 第三に、率直に事実を公表すべきだという、リーズ神父の主張は、恐らく正しいだろう。

  現段階で、恐らく以下の三つが論点と言える。

・バチカンにはカペラに対する容疑がまだ具体的に見えていないので、具体的な公表をすることができないのは理解できる。

・バチカンは児童ポルノに関する犯罪を処罰する法律をもっており、責任あるポストの者が確かな証拠をもとに訴えられれば、その人物は容疑者として訴追されるだろう。

・さらに、カトリック教会のその問題に対する処理が終わった後で、他の国が自国の法律で問題の人物を訴追しようとした場合、バチカンはそれに協力する、と責任者がこれまでにも発言している。

  問題になっていることがすべて真実だとすれば、隠し通すことは至難の業だ。ここまで大っぴらに喧伝されては、人々が困惑するのもやむをえまい。

裁判、透明性、そして改革

  先週、バチカンで教皇フランシスコと前教皇ベネディクト16世の下で導入された金銭汚職取り締まり法による初の公判が始まった。召喚されたのは、教皇がスポンサーになっているローマの小児病院の運営基金・前事務局長プロフィティと前事務局次長スピナの二人。病院の運営基金から約50万ドルを、前教皇のもとで国務長官を務めたタルチシオ・ベルトーネ枢機卿が居住するバチカンのマンションの改装費に回した、というのが容疑だ。

  訴状では、改装工事を正規の入札をせずに受注して二重の請求書をバチカンに出し、後に経営破たんし、工事も完了しなかった建設会社のイタリア人社長、彼の不正受注に力を貸したイタリア人2人も被告とし、これまでに三人で構成する裁判官がプロフィティとスピナ、バチカン市国の関係職員の三人の尋問を行い、スピナの弁護側証人3人からも聴取をした。

  多くの理由で、この裁判に関連する全てがバチカンにとって重要な意味を持つ。それには、欧州評議会の不正資金洗浄規制機関(Moneyval)が12月に公表を予定するバチカンの金融取引の透明性に関する国際標準の順守状況についての暫定報告も含まれる。前回の報告では、二人の教皇の下で関連の諸法令が導入されたことを評価する一方で、金融犯罪に対する訴追など具体的な行動を期待する、としていた。従って、バチカンは今回の報告書で、健全で透明な取引で成果を上げているというお墨付きを、Moneyvalからもらう必要があるのだ。

  先週からの公判の内容をボクシングの試合の判定にたとえれば、恐らく、プロフィティはポイントを落とし、スピナは良い戦いをした、ということになるかもしれない。プロフィティは19日の陳述で、小児病院の運営基金は資金獲得のための事業を行うための場所に使う計画だった、使った以上の見返りを得ており、日常的な経営判断だ、などと述べ、ベルトーネ枢機卿のマンション改装に関する支出について‶何も見るべきものはない‶ということを示そうとした。

  だが、21日に裁判官は陳述には疑わしい部分がある、とし、もし陳述通りなら、どうしてプロフィティは基金理事会に諮らずに自身で決済したのか、と疑問を示した。22日には、バチカン市国の関係職員が、一件5万ユーロ以上の工事は競争入札にかけられるのが通常であり、問題になっていることすべてが「異例」であり「変則的」だと証言した。

  スピナは、自分はプロフィティの指示に従っただけ、と述べ、資金流用の責任を回避するのに成功したようだった。プロフィティ自身も同じことを言ったが、22日にバチカン銀行と聖座財産管理局から証人として出廷した幹部たちは、問題となっている2013年から2014年にかけての基金からの支出について判断権限があったのはプロフィティで、スピナにはなかった、と証言した。

  だが、以上のようなやり取り以上に重大なのは、「小児病院運営基金の流用疑惑の核心にいるベルトーネ枢機卿が責任を完全に逃れていて、この公判が欧州評議会が求める金融取引の透明性を確保できるのか、致命的な打撃にならないのか」という問題である。枢機卿は訴追を免れているばかりか、一度も事情聴取をされておらず、公判での証人にも指名されていないのはどうしてなのか?それを説明するのは至難の業だが、バチカンの事情通に問えば、次の3通りの返事が返ってくるだろう。

  一つ目は、これまでに、枢機卿で国務長官だった人物がまな板の上に乗ることは絶対になかったということだ。事態は少しづつ変わりつつある、と事情通は言うが、まだ慣例が破られるには至っていない。かすかな前触れが無ければならず、そうすれば慣例が破られるかもしれない。(形式的に言えば、ベルトーネ枢機卿のマンションの所有権は彼が使用していても、彼ではなく、バチカンにあり、改装の恩恵は彼だけではなく、彼のあとに使用する人物にも及ぶ、ということだ。)

  二つ目に事情通が指摘するのは、ベルトーネを公判の対象から除外することは、公判全体を焦点ボケにすることを意味しない、ということ。例えば、プロフィティが、この問題のただ一人の当事者でなかったとしても、彼が当事者であることに変わりはない。そればかりではない。バチカンが絡む金銭スキャンダルのほとんどは幹部聖職者と一般信徒のイタリア人金融関係者のつながりが関係している。金融関係者が訴追されるのを恐れて不正を避ければ、相手の聖職者が悪の道にはまる機会も少なくなる。

  そして三つ目は、これが‶氷山の一角‶に過ぎない、という見方だ。実際にはたくさんの告発や訴追が進行中であり、その中で、バチカン文化がどうやって変わっていくのか―一度に一歩だ。

  次回の審問は10月2日に予定されている。裁判が結審し、判決が出る段階で、バチカンの金融制度改革がどの段階にあるかが分かるだろう。

(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)

・・Cruxは、カトリック専門のニュース、分析、評論を網羅する米国のインターネット・メディアです。 2014年9月に米国の主要日刊紙の一つである「ボストン・グローブ」 (欧米を中心にした聖職者による幼児性的虐待事件摘発のきっかけとなった世界的なスクープで有名。映画化され、日本でも昨年、全国上映された)の報道活動の一環として創刊されました。現在は、米国に本拠を置くカトリック団体とパートナーシップを組み、多くのカトリック関係団体、機関、個人の支援を受けて、バチカンを含め,どこからも干渉を受けない、独立系カトリック・メディアとして世界的に高い評価を受けています。「カトリック・あい」は、カトリック専門の非営利メディアとして、Cruxが発信するニュース、分析、評論の日本語への翻訳、転載について了解を得て、掲載します。

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2017年9月25日