(2017.8.30 Kevin Rafferty Tablet)ローマと中国の双方から盛んに出される論評や内部情報から推測できるのは、教皇フランシスコが、彼の最大の夢の一つ―世界で最小の国・バチカンと最大の人口を抱える中国の66年にわたる国交断絶を終わらせること―の達成に近づくことを希望している、ということだ。教皇は言い古された格言を思い起こしているかもしれない―「 be careful what you wish for(願い事をするときには慎重にしなさい)」
カトリック教会と中国でいかなる契約を結ぶのも今は、好ましくないようだ。習近平―中国の国家主席、中国共産党のトップであり、軍の最高指揮官―は自分の権力を中国共産党の最高の指導者と考えている。強力な汚職撲滅キャンペーンで自信の反対勢力を排除している。ターゲットは政治分野のライバル、そして急激な経済成長で蓄財した経済人たちだ。ケンブリッジ大学出版会が証言しているように、思考や言葉、行為で異を唱える人々を抑圧している。
習の立場は極めて強くなってきており、中国評論家たちは、「共産党政権の創設者である毛沢東の再来」と話している。時を同じくして、中国人民解放軍が、ヒマラヤ高地地方でインド軍に挑発的な行為をしかけ、南シナ海では一方的に領有を宣言して要塞化して人工島を建設するなどして、東南アジアの海域を巨大な「中国の湖」に変えようとしている。習はかねて提唱していた「一帯一路」構想を昨年から、何兆ドルもの対外投資と世界貿易の拡大による広範な地域の中国経済圏への取り込みを具体的に進め始めた。
何故、教皇フランシスコとバチカン官僚が中国との外交関係再樹立に熱心なのか、その理由は簡単だ。中国は、キリスト教が最も拡大している地域である。ある推計(多少誇張があるかもしれないが)によると、中国におけるキリスト教徒は現在1億人、8700万人と言われる共産党員を上回っている。米国パードゥー大学のフェンガン・ヤン教授(社会学)は、中国のキリスト教徒の数は2030年には、2億4700万人に達すると予測している。国別信徒数で、現在トップのメキシコはじめブラジルや米国も上回る計算だ。
中国人は、共産党が長年進めてきた物質至上主義に飽き足らず、霊的な糧を強く求めるようになってきている。2014年時点で、中国のソーシャル・メディアで、イエスが毛沢東や習近平を上回る人気を博し、聖書は毛沢東語録を何倍も超えるヒットするを記録したという。
そうした中国でのキリスト教布教で、カトリック教会は後れを取っている。信徒数の増大が著しいのはプロテスタントの各宗派、特に福音派の伸長が目立っている。中国のカトリックの信者数は1000万人から1200万人とされているが、中国共産党・政府の支配下に置かれた「愛国教会」と、支配を拒否しバチカンに忠誠を誓う、いわゆる「地下教会」に、司教も司祭も分かれている。
教皇フランシスコは、先輩のイエズス会士、マテオ・リッチ師が17世紀初頭に当時の中国、清を布教し、西洋の科学技術を紹介し、キリスト教と中国伝統の儒教との融和を図ろうと努力したことを知っている。フィリピンから布教に入ったドミニコ会士たちが、中国の皇帝の神々を祀った礼拝堂を使っているとイエズス会士たちを糾弾したこともある。キリスト教の布教が康熙帝によって禁止されるまでの約一世紀の間、イエズス会の布教活動は中国の皇帝の行政機関の一部となっていた。「西洋人たちはとてもつまらない人種だ」「我が国の偉大な哲学をどうやって理解できようか」というのが、康熙帝の布教禁止の理由だった。
そうした歴史的な経緯にひるむことなく、教皇フランシスコは、共通の関心のもとに中国に影響を与え、ともに働くことを希望している。具体的な協力分野の一つは、おそらく、地球の環境保全だ。米国はトランプ政権のもとで、地球温暖化防止条約からの脱退に踏み切っており、地球の環境を守るために、他の国々の一層の連帯が必要になっている。そうした中で、世界有数の温暖化ガス排出国でもある中国の積極的な参加が求められている
先月初め、人民日報の英語版、Global Timesは臓器提供・移植会議に出席のため訪中したアルゼンチンのマルチェロ・サンチェス・ソロンド司教の発言を次のように引用した。「私たちは公式な合意と実際のことの間の区別を必要としている。実際のこととは、今現在、中国と教皇がとても良い関係にある、ということだ」と。
先月、香港の教区長を引退した湯漢(ジョン・トン・ホン)枢機卿は英語版教区新聞の2月号の記事で「バチカンと中国は『画期的な合意』に近づいているようだ」と語っていたが、これは教皇が、中国の愛国協会が提示した「司教候補の適正についての最終判断を教皇に認める」ということを指すのだろう。
だが、湯枢機卿は「中国における司教任命についての合意は、解決すべき課題の一つであり、他にも、中国政府・共産党の支配下にある愛国教会の役割を合意後も存続させるのか、政府・共産党が独自に任命した司教をバチカンが認める余地はあるのか、などの課題が残っている」とも語っており、 Union of Catholic Asian Newsも先月、司教の任命の問題は、中国政府・共産党が任命した3人の司教の適正が疑問視される問題が表面化して、交渉が止まっている、と報道した。
また、中国人のカトリック教徒として最高位にある人物が、バチカンと中国の話し合いから排除されているのも問題だ。2002年から2009年まで香港教区長を務めた陳日君(ヨゼフ・ゼン・ゼキウン)枢機卿だ。枢機卿は上海生まれ、共産党が政権を握った後、香港に逃れ、ローマで司祭になるための教育を受けた。1996年に香港で補佐司教になる前は、香港と中国本土の神学校で教鞭をとった経験があり、中国とバチカンの主要関係者全員について精通している。その彼が、「今の中国と仲良くなりすぎるのは危険だ」と警告する。「バチカンは、(中国との)対話に誤った期待を抱き、我々の教会を救うためにすべきことをし損ないつつあります。‶地下教会〟を死なせようとしているのです」。
彼は「教皇とバチカンが中国共産党の抑圧的な本性を見抜いていない」とみている。教皇フランシスコの出身地である中南米では、共産党はしばしば、国民を抑圧する政権に対抗する‶良いやつ‶としての役割を演じており、それが教皇の中国を見る目を曇らせている。「バチカンは中国共産党の実体をもっとよく知るべきだ」と訴えている。
中国は、官僚の幾層にも重なった‶玉ねぎ〟の皮に隠れているので、本当の責任者を特定するのが容易でない。合意を確実なものとして守らせるのは、なおさら難しい。陳枢機卿は、バチカンの交渉相手になっているのは、中国外務省の地位の低い役人たち―坊やとお嬢ちゃん―だ。外務省といえば権威があるように聞こえるが、中国政府の実権はそこにはない。実権は、中国政府ではなく、中国共産党、それも習・国家主席に握られているのだ。
それから愛国教会。枢機卿は「劉柏年(リュー・バイニァン)こそ、愛国教会の‶教皇‶です。彼は一般信徒。彼だけが話をする。他の人は誰も話さない。もし何分かでも彼が出かけてしまうと、大混乱です。信じられないことですが」と言う。そして、愛国教会は「とても腐敗している。金は司教たちではなく、愛国協会に握られています。司教たちは悪い人たちではない。中には勇気のある人もいますが、恐れている。司祭や神学生の中に良い人がたくさんいますが、制度がかれらを奴隷同然にしているのです」と指摘する。
また、習近平・国家主席の下で、「中国政府は抑圧的な姿勢を強めている」という。国内の反対勢力をひたすら押し殺し、法律を勝手に解釈して、香港の反中国共産党勢力を屈服させようとしている。そして、共産党官僚が「安全と美観を確保する」という名目で、中国全土の1200以上の教会の十字架を打ち壊している。そして、香港教区長に就任して間もない楊鳴章(マイケル・ユン・ミンチュン)司教は、安全を理由にした教会の十字架を取り外せとの命令を受け入れたようだ。
陳枢機卿は、中国の今後にも問題がある、と見る。「経済面で問題を抱えつつあります。汚職とは別に、偽物が跋扈している」。だが、この先、共産党政権がどのように、いつ崩壊するかについての、予想は難しい。「中国では、あらゆるものが予測不可能です。(政権崩壊には)50年待たねばならないのか、5週間で済むのか。権力闘争が続く中で、逆に言えば、何でも可能なのです」。そして強調する。「私は(バチカンと中国の)取引をすべて否定しているわけではありません。悪い取引に反対なのです。それでも、事態を楽観するような根拠はありません。バチカンの側にたくさんの善意があっても、相手が高飛車な姿勢を続けている―破門された司教が司祭を叙階する、中国人カトリック教徒の代表たちの全国会議が開かれる、正当な司教たちが教区から外される。このようなことは、‶教皇の顔を平手打ちしている‶ことになりませんか?」
バチカンと中国の交渉は、合意には程遠いどころか、「袋小路に入っている」と枢機卿は言う。近く開かれる第19回中国共産党全国代表大会では、習主席が二期目に入ることが承認されることになっているが、二期目の政権の体制作りが一段落するまで、年内は交渉が進まないだろう。
枢機卿は、バチカンの対中国関係者たちにこ、信仰を守るように強く求めている。「恐怖を基礎に置き、信仰や真実に基礎を置かない外交には未来はありません。共産主義者たちは自分たちを恐れない人々だけの恐れ、自分たちを恐れる人々を恐れることはないのです」。
彼は、教皇に手紙を書き続けている。「私は、教皇が読んでくださっている、と信じています」と語る。だが、教皇からは、まだ返事がない。
(ケビン・ラファティ=ジャーナリスト、元大阪大学教授、 英経済紙 Financial Timesの香港支局を開設。著書に「 City on the Rocks: Hong Kong’s Uncertain Future (Penguin)」がある)
(翻訳「カトリック・あい」南條俊二)
Tabletはイギリスのイエズス会が発行する世界的権威のカトリック誌です。「カトリック・あい」は許可を得て翻訳、掲載しています。 “The Tablet: The International Catholic News Weekly. Reproduced with permission of the Publisher” The Tablet ‘s website address http://www.thetablet.co.uk)
