ケルン教区前大司教・マイスナー枢機卿が死去ー教皇が弔電ー上智大学、東京教区に貢献

(2017.7.5 バチカン・ラジオ)ドイツの前ケルン大司教、ヨアヒム・マイスナー枢機卿(83)が5日、同国南東部の町バートフュッシンクで亡くなり、教皇フランシスコは同日、ケルン教区大司教のライナー・ヴェルキ枢機卿に次のような弔電を送った。

 「私は深い悲しみのうちに、突然の予期しない枢機卿の訃報を知りました。マイスナー枢機卿は神の慈しみによってこの地上から呼ばれたのです」。「東西の人々の善のために忠実に大胆に努力された彼に、主キリストが報いてくださいますように」。そして、最後に、祈りと犠牲をもって追悼する教皇の祝福で締めくくった。

 なお、マイスナー枢機卿が亡くなったことで、枢機卿の総数は224人、うち教皇選挙権を持つ80歳以下の枢機卿は121人となる。(英文より翻訳「カトリック・あい」南條)

(解説「カトリック・あい」)

 ケルン教区は、ドイツのカトリック教会の教区としては最大の信徒数を持ち、欧州全体でも大教区の1つ。

 同じ第二次大戦敗戦国としてドイツが大きなダメージを受けたにもかかわらず、ケルン教区は、イエズス会経営の日本での唯一の大学で初代学長がドイツ人でもあった上智大学と東京教区に物心両面で多大な支援を続け、上智大学の法学部や理工学部の設立、東京教区内20以上の教会や関係施設に大きく貢献した。

 1989年にケルン大司教に就任したマイスナー枢機卿も支援の先頭に立ち、2014年の引退まで25年にわたり、積極的な支援を惜しまなかった。上智大学の名誉校友でもあった。

 また、マイスナー枢機卿は、進歩的な立場をとる多いドイツ司教団にあって保守的な立場で知られ、教皇フランシスコが昨春出した使途徒的書簡「Amoris Laetetia(家庭のおける)愛の喜び」で離婚・再婚者の聖体拝領に対して前向きな姿勢を示したのに対し、批判的な立場をとり、昨年9月、他の引退枢機卿3人と共に教皇に公開の質問状を送り、教会内外に紋を広げた。

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2017年7月9日