「私たちは孤独ではない、イエスがともに歩んでくださる」

(2017.4.26   バチカン放送)教皇フランシスコは4月26日、バチカンで水曜恒例の一般謁見を行われ、謁見中のカテケーシスで「キリスト教的希望」の考察として、マタイ福音書中のイエスの言葉、「私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(28章20節後半)を引用しつつ、「希望を与える約束」をテーマに講話された。

 教皇は「私たちの神は、遠い空の彼方に留まった『不在の神』ではなく、私たちから離れられないほどに、『人間を情熱的に愛してくださる神』なのです」と強調し、「私たち人間は、他人との絆や関わりを断ち切ることができますが、神はそうすることはできません。私たちの心が冷めれば冷めるほど、神の心はいっそう燃え立ちます」「神は、私たちが逆境に遭って、神を忘れている時でも、いつも私たちの傍らにおらます」と話された。

 さらに、「私たちの存在は一つの『巡礼』『歩み』であり、私たちの魂は『旅する魂』なのです」と語り、聖書が「巡礼と旅のストーリーに満ちている」ことを指摘したうえで、「アブラハムは神の命じるままに、自分の住み慣れた土地を離れ、すべてが常識では考えられない状況の中で、あえて旅に出ました」、「(アブラハムのように)地平の彼方に憧れを感じない人は、成熟した人間になることはできません」と話された。

 「人間はその歩みの中で、決して孤独ではありません」と語り、特にキリスト者が自分が見捨てられたように感じないのは「イエスが私たちを『旅の終点で待っておられる』のではなく、『毎日を、ともに歩んでくださる』ことを知っているからだ、と説かれた。

 そして、神の聖なる民は、希望のうちに「立って、歩く民」であるとし、「どこに行っても、神の愛が先に立っている。復活のキリストの勝利が及ばなかった場所は、世界にどこにもないのです」と、信者たちを励まされた。

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2017年4月27日