(2017.4.2 バチカン放送) 教皇フランシスコは4月2日、2012年5月のイタリア北部地震で大きな被害を受けた北イタリアのカルピ教区を司牧訪問され、カルピの司教座大聖堂前広場で市民と共にミサを捧げられた。
ミサの説教で、教皇はヨハネ福音書のイエスがラザロを生き返らせるエピソード(11,1-45)を通して、復興の中にある信者らに励ましを与えられた。
イエスは、ご自身の十字架上の死と復活を前に、死んで葬られた友ラザロの墓で奇跡をなさった。ラザロの死が人々に引き起こしたのは涙と絶望だったが、そこでイエスもまた「心に憤りを覚え」「涙を流された」ことに教皇は注目。「イエスのその心は、悪を遠ざける一方で苦しむ人々に寄添い、魔法のように悪を消すのではなく人々の苦しみに憐れみを寄せ、自分の苦しみとしながら別のものに変容させる『神の御心』なのです」と語られた。
同時に、イエスは、ラザロの死に直面した周りの人々の絶望に流されず、ご自身も苦しみ、憤りながらも、ラザロの墓へと向かわれた。その毅然とした歩みから、「この世の苦しみから逃げず、悲観に閉じこもらないことを、私たちも学ぶべきなのです」と述べられた。そして、ラザロの死の周りには「人の命のはかなさに対する絶望」と「死と悪に打ち勝つ希望」すなわち「イエス」と言う名の希望、との出会いと対立があった、と指摘された。
さらに、「イエスは、そこで少しばかりの幸福や、寿命を延ばす方法を与えたのではなく、『私は復活であり、命である』と宣言し、『その石を取りのけなさい』と命じ、「ラザロ、出てきなさい』と大声で叫ばれたことを深く観想するように」と勧められた。そして、「私たちは墓の側にいるのでしょうか、それとも、イエスの側にいるのでしょうか。あるいは、悲しみに閉じこもるのでしょうか、それとも、希望に向かって開くのでしょうか」と問いかけられ、「人生の廃墟に閉じ込められていても、神の助けをもって抜け出し、忍耐と希望でもって人生を再構築できるのです」と訴えられた。
そして、「私たち誰にでも、越えられない傷や、恨み、後悔、苦しみなど、心の中に、なかば死んだ部分、小さな暗い墓を持っています。でも、そうした墓を見つめ、そこにイエスを招き、心の復活を可能にしていただくように」と呼びかけれらた。