(2026.2.13 Vatican News Devin Watkins)
教皇レオ14世は13日、18日からの四旬節のメッセージを発表され、全ての信者に対して、「傾聴と断食、そして共同体へ心を開くように、憎しみの言葉を控え、希望と平和の言葉のための空間を作るように」と促された。
メッセージで教皇は「四旬節は私たちキリスト教徒に、神の神秘を再び生活の中心に据える機会を与えてくれます」とされたうえで、「私たちの回心の旅は、神の言葉が心に触れることから始まる。そうすることで、私たちはキリストの救いの受難、死、復活という神秘に従う決意を新たにするのです」と語られた。
そして、「神の声と周囲の人々の声に耳を傾け、真の関係を築くこと」の重要性に焦点を当てられ、「個人の生活や社会に存在する多くの声の中で、聖書は、苦しみ悩む人々の叫びを認識し、それに応える助けとなります… 貧しい人々が教会だけでなく、私たちの生活や経済システムにも挑戦を突きつけているという自覚を深めることで、神のように傾聴する内面の開放性を育むことができるのです」と説かれた。
また教皇は、断食が正義への深い渇望を開く助けとなる点に言及。「断食は、身体に関わる行為だからこそ、私たちが何に飢えているのか、何が生計に必要だと考えるのかを、認識しやすくします。さらに、私たちの”食欲”を特定し、秩序づけ、正義への飢えと渇きを生き続けさせる助けとなります… 断食は欲望を浄化し、解放し、拡大することで、それを神と善行に向けさせるよう統制することを教えます」と語られた。
だが、「断食は、信仰と謙遜と主との交わりの中で行わねばならず、高慢につながる方法であってはなりません。断食以外の自己抑制の仕方も、より節度ある生活様式へと導くことができます」とも述べられ、過小評価されがちな禁欲の形態として「人を傷つける言葉を控えること」を挙げて、「皆さんに、非常に実践的で、しばしば見過ごされがちな断食の形をお勧めします。それは『隣人を傷つけ、傷つける言葉を控えること』です」と語られた。
そして、「まずは、言葉の”武装”を解きましょう。厳しい言葉や軽率な判断を避け、陰口や、その場におらず反論できない人への悪口を慎むこと。言葉に重みを持たせ、家族や友人、職場、ソーシャルメディア、政治討論、メディア、キリスト教共同体において、親切と敬意を育むよう努めましょう。そうすれば、憎しみの言葉は、『希望と平和の言葉』に道を譲るでしょう」と説かれた。
教皇はさらに、聴くことと断食の共同体的側面を強調。「これらは、教区、家族、宗教共同体で実践できます… 貧しい人たちの叫びに耳を傾け、キリストへの回心の道に心を向けることで、良心を鍛え、人生と人間関係の質を高めることができる。それは現実によって自らを問い直させ、教会共同体内部においても、人類の正義と和解への渇望に関しても、『真に導くものが何か』を、私たちに認識させることを意味するのです」と強調された。
メッセージの最後に教皇は、「キリスト教共同体が、苦しむ人々が受け入れられる場所となるように」と促され、「言葉の使い方にも及ぶ(広義の)断食から得られる力を求めましょう。そうすれば傷つける言葉が減り、他者の声のためのより大きな空間が生まれるでしょう」と締めくくられた。
(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)