(2026.2.2 Vatican News Deborah Castellano Lubov)
教皇レオ14世は2月2日の第30回世界奉献生活の日に捧げられたミサで、「最も困難な状況にあっても揺るぎない信仰」を実践する奉献生活者たちを称賛されるとともに、「平和の酵母」と「希望のしるし」となるよう呼びかけられ、「キリストに密に従う献身を通じて、皆さんは世界に、紛争を克服する道を示し、限りなく愛し赦す者たちの自由によって兄弟愛を蒔くことができるのです」と説かれた。
世界奉献生活者の日は、1997年に聖ヨハネ・パウロ2世教皇によって制定され、主の奉献の祝日である2月2日に祝われることになっている。
ミサ中の説教で教皇は、この日読まれたルカ福音書が、シメオンとアンナが神殿でイエスをメシアとして認め宣言した様子を記していることを取り上げ、「私たちの眼前に展開されるのは、二つの愛の動きの出会いです。すなわち、『民を救うために来られる神の愛』と、『信仰をもって主の到来を待つ人類の愛』との出会いです」とされた。
そして、この場面を心に留めつつ第30回奉献生活の世界の日を祝うにあたり、「あなたがた奉献生活者は、このことを教会と世界における修道者の使命の象徴として認識する必要があります」と述べられた。
*すべてを神に捧げる
続けて教皇は、「聖霊の導きに従順であった教会の創立者たちは、この使命を忠実に効果的に果たすための素晴らしい模範を示されています」とされ、地と天の絶え間ない緊張の中で生きた彼らを称賛し、「いかに信仰と勇気をもって導かれることを受け入れたことでしょう… 彼らは、聖体の食卓から出発し、ある者は修道院の沈黙へ、ある者は使徒職の求めへ、ある者は学校の教室へ、またある者は路上の貧困や宣教の労苦へと導かれたのです」と語られた。
*しばしば敵意に満ちた環境における祈りの存在
そして、この同じ信仰が、「彼らを幾度となく、謙虚に、そして賢明に、十字架の足元と聖体を安置する聖櫃(せいひつ=神が住まう場所を意味する)へと立ち戻らせました。そこで彼らはすべてを捧げ、神の中に自らのすべての行動の源であり目標であるものを見出しました」と指摘。
「彼らはまた、恵みの力によって、危険な事業にも乗り出しました。敵意や無関心に満ちた環境において祈りの存在となり、堕落と見捨てられた状況の中で寛大な手と友愛の肩となり、暴力と憎しみに彩られた状況において平和と和解の証人となったのです」と強調された。
*流れに逆らう覚悟
続けて教皇は、「彼らは流れに逆らうことの代償を背負う覚悟があり、キリストにおいて『矛盾のしるし』となり、時には殉教に至ることも厭いませんでした」と述べられ、ベネディクト16世教皇が使徒的勧告『Verbum Domini(主の言葉)』の中で、「聖書の解釈は、神の言葉を真に生きた人々の声に耳を傾けなければ不完全なものとなる」と記されたことに注意を向け、「今日、私たちはこの『預言的伝統』の担い手として先立たれた兄弟姉妹を称え、何よりも、彼らの遺産を継承することによって、そうするのです」と説かれた。
*「人に対する誤った狭隘な理解」に警戒を
教皇は、今日においても、福音的勧告の実践と数多くの慈善活動を通じて、奉献生活者は「信仰と生活の隔たりがますます広がる社会においても、あらゆる民族に対する歴史における神の救いの現存を証しするように」召されている、とされ、「若き者、年老いた者、貧しい者、病める者、囚われた者たちが、何よりもまず。神の祭壇と御心において聖なる場所を占めていることを証しするよう、皆さんは招かれている。同時に、彼ら一人ひとりが『神の臨在の侵すべからざる聖域』であり、私たちはその御前にひざまずき、神と出会い、神を礼拝し、神に栄光を帰さねばならないのです」と強調された。