☩「神が遠くから世界を見つめず、私たちの間に来られ、愛の計画に引き入れてくださる」ー教皇、主の洗礼の祝日の正午の祈りで (2026.1.11 Catican News Olivier Bonnel) 教皇レオ14世は11日、主の洗礼の祭日の正午の祈りに先立つ説教で、聖ペトロ広場に集まった数千人の信者たちに対し、「洗礼の賜物について深く考え、喜びと一貫性をもってその証しを立てるように」と促された。 主の公現の祭日の次の日曜に祝われるこの祭日は、降誕節の終わりを告げ、教会を通常期へと導き、新たな典礼年の始まりを告げる。説教で教皇は、この時期は「共に主に従い、主の御言葉に耳を傾け、隣人への愛の御業を模範とするよう招く時」とされ、「ヨルダン川におけるイエスの洗礼は、私たち一人ひとりに、秘跡の約束を新たにするよう招くもの。洗礼の秘跡は、私たちをキリスト者とし、罪から解放し、命を与える聖霊の力によって神の子供へと変容させるのです」と説かれた。 そして、この日のミサで読まれたマタイ福音書の主の洗礼の箇所について解説された教皇は、「この出来事において、神性の全体が歴史の中に現存される。御子がヨルダン川の水の中に入られる時、聖霊が御子の上に降り、御子を通して私たちに救いの力として与えられるのです」と強調された。 続けて教皇は「神は『遠くから世界を見つめるだけで、私たちの生活や傷、希望に触れようとされない』のではない。御言葉が肉となって現れた知恵をもって、神は私たちの間に来られ、全人類への驚くべき愛の計画へと私たちを引き入れてくださいます」と語られた。 洗礼者ヨハネの大きな驚きの中、主ご自身が「すべての罪人のように」洗礼を受けることを選ばれた。「それは神の無限の慈悲を明らかにするためです… 洗礼の秘跡が、私たち一人ひとりを教会の生活へと招き入れます」とされた教皇は、「教会とは、あらゆる民族と文化からなる神の民であり、御霊によって新たに生まれた者たちの集まりです」と強調。 信者たちに対して、「私たちが受けたこの偉大な賜物を心に留め、喜びと誠実さをもってその証しを立てるように」と促されました。また、11日の朝早くシスティナ礼拝堂で行われたミサの中で20人の新生児に洗礼を施されたことを思い起され、「この子たちは今や、信仰における私たちの新たな兄弟姉妹です… この最初の秘跡は、永遠に私たちを伴う聖なるしるしです。暗闇の時には洗礼は光となり、人生の葛藤の中では和解となり、死の時には天国への門となります」と語られた。 (翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二) ツイート