明けましておめでとうございます! 毎年1月、私は、20歳の時に訪れたタイ北部、カレン族の村での出来事が思い出し、感謝でいっぱいになります。ここでいただいた豊かで瑞々しい体験は、「これさえあれば、どんな苦難でも乗り越えられる」と思えるほど、大切なものです。
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私の現地でのホームステイ先は、教会のすぐ近くにある家でした。その目の前に、「マルサ」という名前の女性がいました。夫と、2歳くらいの娘さんの3人家族でした。黒いふわっとした髪を、いつも後ろでひとつに束ね、私よりも頭ひとつ分、背が高かった。痩せてはいるものの、がっしりとした体で、私が日本から持ってきたドラムバッグを、ひょいっと持ち上げ、ホームステイ先まで運んでくれました。拙いタイ語で、彼女が私と同じ二十歳だと聞き出しました。
カレン族の村では、家に来た人に食事をしてもらうことが、カトリックにおける「祝福」と同じ意味合いを持つのだそうです。祝福を断るわけにはいかない、という思いで、招かれれば、必ず一口だけでもいただきました。マルサの家でも、白いご飯、野菜炒め、魚の缶詰など、ご馳走を出してくれました。
マルサは、私に、村のあちこちを案内してくれました。たくさん歩き、私は何度も転び、その度に、二人でいっぱい笑いました。
いちばん印象に残っているのは、夕暮れ前の時間に、マルサと教会で過ごした時のことです。木造で簡素な造りの教会には、電気がなく、既に薄暗かったです。マルサが私の手を取り、左側の壁まで連れて行くと、「イエス・キリスト」と静かな声で言いました。目を凝らして見てみたら、確かにイエス様のご絵が貼ってありました。当時の私は、まだ信仰を持っていませんでした。不思議な気持ちが半分、厳かな気持ちがもう半分あり、彼女のとなりに立っていました。
村にいた最後の日、マルサは家の前で待っていてくれました。私の大きなドラムバッグを指で差し、「持ってあげるよ」というように笑いかけました。私の肩に食い込む重さのドラムバッグを、慎重に渡しました。マルサはそれを、ひょいっと軽いものでも持つように、肩にかけ持ち上げました。もう片方の手で、私と手を繋ぎました。
帰りの飛行機では、マルサの、笑い声と「イエス・キリスト」と静かな声の両方が、思い出されました。彼女との時間は、9割以上が笑って過ごした時間だったのに、その静かな声を忘れることができなかったのです。
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あの日、マルサと二人で並んでイエス様のご絵の前に立っていた時には、もう私の前に道が整えられていたのだ、と今、振り返ります。神に感謝!
(東京教区信徒・三品麻衣)