・「諸聖人の祝日と死者の日は二つで一つの記念、教会が地上と天上の交わりのうちに存在していること思い起こさせてくれる」-菊地・東京大司教

2025年11月 1日 (土)週刊大司教第230回:死者の日

1761976245342-1

  11月1日は諸聖人の祝日、2日は死者の日とされています。

 この時期の全免償についてメッセージでも触れています。今年は聖年ですので、次の文書も参照ください。「教皇フランシスコにより発表された2025年の通常聖年の間に与えられる免償に関する教令」で、リンク先は中央協議会のホームページです。次のように記されています。

「2025年の通常聖年の期間中、すでに与えられた他の免償は有効であり続けます。心から痛悔し、罪の傾きから離れ(『免償の手引き』[Enchiridion Indulgentiarum, IV ed., norm. 20, § 1]参照)、愛の精神に動かされ、聖年の間、ゆるしの秘跡によって清められ、聖体に力づけられ、教皇の意向に従って祈る信者は、教会の宝から全免償が与えられ、その罪の赦免とゆるしが与えられます。これは代願のかたちで、煉獄の霊魂に対して与えられることも可能です」

 東京教区では11月2日の午後、合同追悼ミサが三カ所で捧げられます。関口のカテドラル、府中墓地、そして五日市霊園で、すべて午後2時から始まります。カテドラルは私、府中墓地はアンドレア司教様、五日市霊園は小田武直神父様の司式となります。

 以下、本日午後6時配信、週刊大司教第230回、死者の日のメッセージ原稿です。

【死者の日主日C 2025年11月2日】

 11月1日は諸聖人の祝日であり、翌2日は死者の日とされています。教会の伝統は、11月1日から8日までの間、全免償を得ることで、それを煉獄の霊魂に譲ることができる、とも定めています。この期間、赦しの秘跡を受け、どこであっても聖堂を敬虔に訪問し、聖体をいただき、墓所で祈り、主の祈りと信仰宣言を唱えて全免償をいただき、それを煉獄の死者に譲ることができます。

 もちろん今年は聖年ですから、教皇庁内赦院の定めによって、「赦しの秘跡によって清められ、聖体に力づけられ、教皇の意向に従って祈る信者は、教会の宝から全免償が与えられ」、それを煉獄の霊魂のために与えることは年間を通じて可能とされています。

 『カトリック教会のカテキズム』には、聖人たちとの交わりについて、次のように記されています。

 「私たちが天の住人の記念を尊敬するのは、単に彼らの模範のためばかりではなく、それ以上に、全教会の一致が兄弟的愛の実践をとおして霊において固められるからです… 諸聖人との交わりは、私たちをキリストに結び合わせるのであって、全ての恩恵と神の民自身の生命は泉、あるいは頭からのように、キリストから流れ出ます」(957項)

 また死者への祈りついて、カテキズムは、こう記します。

 「…死者のための私たちの祈りは、死者を助けるだけでなく、死者が私たちのために執り成すのを有効にすることができるのです(958項)」

 11月1日と2日の記念は、二つでひとつの記念であり、教会は地上と天上の交わりのうちに存在していることを、私たちに思い起こさせてくれます。

 イエスをキリストと信じる私たちは、イエスに結ばれることで、「イエスを信じ、その御体を食べ、御血を飲む人々を世の終わりに復活させてくださる」のだと確信し、永遠の命に生きる大きな希望を持ちながら、この人生を歩んでいます。私たちの人生の歩みは、この世の命だけで終わるものではなく、永遠の中で私たちは生かされています。

 私たちは、信仰宣言で「聖徒の交わり」を信じると宣言します。そもそも教会共同体は「聖徒の交わり」であります。教会共同体は孤立のうちに閉じ籠る”排他的集団”ではなく、命を生かすために互いに支え合う”連帯の共同体”です。シノドス(共働)的教会です。共に歩む教会、互いに耳を傾け合う教会、互いに支え合う教会、それこそが「交わりの教会」そのものであります。

 私たちは、地上の教会において、御聖体を通じて一致し、一つの体を形作っており、互いに与えられた賜物を生きることによって、主ご自身の体である教会共同体全体を生かす分かち合いにおける交わりに生きています。同時に教会は、「地上で旅する者、自分の清めを受けている死者、また天国の至福に与っている者たちが、皆ともに一つの教会を構成している」とカテキズムに記しています。

 シノドス的な教会は、天上の教会との交わりの中で、霊的に支え合う共同体です。ですから、例えば祈りの側面がかけていて、この世における助け合いの集団となってしまっては、本来の意味とは異なるものとなってしまいます。シノドス的教会は聖徒の交わりの教会です。地上と天上の交わりにある教会です。

 ですから私たちは死んでいなくなってしまった人たちを嘆き悲しむ祈りを捧げるのではなく、今、一緒になって一つの教会を作り上げているすべての人たちと共に捧げる、今、生きている祈りをささげるのです。

(表記を当用漢字表記に統一しました=「カトリック・あい」)

このエントリーをはてなブックマークに追加
2025年11月1日