*ヨハネ・パウロ2世教皇と同性愛者たち
ヨハネ・パウロ 2世教皇の側近たち、教皇の手足となって働いた枢機卿たち、すなわち教理長官のラツィンガー、個人秘書ジヴィシュ、国務長官シルヴェストリーニやソダーノなど多くはゲイで、取材を受けた一人は「聖父を中心に色欲の環ができていました」と語った、と『ソドム』は書いています。
教皇を取り巻くメキシコ人や南米人、スペイン人、ポーランド人、イタリア人の枢機卿の多くが、実際は二重生活を送っていた。教皇はじめ彼らは、世俗社会に対してはホモフォビア、女性嫌悪の姿勢で臨みました。各地で性的虐待事件が起こっていたにもかかわらず、教皇の元にはそれらの情報は伝えられていなかったのか、あるいは教皇自身が秘密にしたのか。「ゲイに対する十字軍」である、とマルテルは言います。 教理省の組織にいる20人の枢機卿のうち12人ほどはホモフィルか実践的なホモでした。「教理省はバチカンの偽善の中心である」と。
側近の一人、ソダーノについて『ソドム』が書いていることを簡単に説明しますと、彼は、教皇がパウロ6世だった1977年から南米チリの教皇大使で、約10年間、チリのバチカン代表を務めました。当時のチリはピノチェト軍事独裁政権下にあり、虐殺や数々の暴力がなされていました。
その国でソダーノは民衆側ではなく、政権側と親しい関係を結びます。「ソダーノは聖職者とはまったく思えませんでした。高額なものと権力が好きでした。とても女性的、女嫌いなのには、驚きました。握手の仕方はとても変わっていて、ぎゅっと握らずに、女性が愛撫するようにそっと握るんです。まるで十九世紀の高級娼婦のようでしたよ」と彼をよく知る人が語っています。
実際、徹底した女嫌いの教皇大使の生活に、女っ気はまったくなく、彼の取り巻きは「身も心も捧げた男性の小姓たち」だった。彼は体制と手を結び、保身のためにピノチェトの”守護天使”になった。
ソダーノは、「解放の神学」に近い4人の司祭が逮捕され、殺害されても、沈黙を守り、チリのカトリック進歩派のネットワークから批判されるようになる。「ありていに言って、アンジェロ・ソダーノは、チリでファシストとして振舞った。彼はファシストの独裁者の友人だった」と。
またピノチェトの周囲に真の「ゲイの取り巻き」が存在していましたが、その中に、後に性的虐待で有罪となるチリ人司祭カラディマがおり、ソダーノと密接な関係にありました。「性的虐待をしている」というカラディマに関する噂が何度も流れましたが、ソダーノは彼を守っていました。
教皇大使ソダーノは「小ピノチェト」というニックネームがつけられていましたが、ヨハネ・パウロ2世教皇のもとで1990年から2006年までバチカンの国務長官を務めています。チリでは司祭の虐待行動に国民は憤慨しつづけますが、ピノチェトのゲイの取り巻きとチリの司教団はカラディマを守り、すべての事件をもみ消しました。ソダーノが国務長官となったバチカンもカラディマをかばい、チリ教会に彼を告発しないようにとさえ命じています。
*スイス衛兵
話変わって、有名なバチカンのスイス衛兵です。彼らには独身の義務があります。また外泊してはならず、女の子を兵舎に連れて来ることも禁じられています。採用試験では高い身長と、イケメンであることが求められているようです。彼らは一部の枢機卿からたびたび、ときにしつこくナンパされるそうです。それゆえか、彼らには「沈黙の掟」があり、セクハラや性的虐待の事例が多いにもかかわらず、沈黙を守らなければならない。
勤務態度がよければ、スイスで市民生活に戻った時、就職の支援が受けられる。そんな彼らでもマルテルの取材に応じて、教皇庁の風俗や、彼らと付き合っていた多くの枢機卿の二重生活について語っています。バチカンは”特殊な国家”であるようです。
*ローマ・テルミニ駅
ローマには移民・難民が主に二つのルートでやって来るといいます。シリアやイラクから中欧へ向かうルートと、アフリカとマグレブからの地中海ルート。そのいずれもがローマ・テルミニ駅を経由する。彼らは普通の仕事を探すが、ない場合は売春をする。「一番の上客は聖職者だ」と、ある移民男性がマルテルに語りました。”ソドムの規則”に「ムスリムの若者」とあるのも、バチカンの枢機卿や司祭が移民を相手に求めるからです。
「同性愛が処罰の対象から除外され… 同性婚の合法化やゲイの社会化が進んだことから、街頭での男性売春の市場は縮小する傾向にある。ほとんど唯一の例外が、ローマだ。その理由は…この市場を積極的に支える役割を、聖職者たちが担っているのだ。匿名を確保するために、彼らはとりわけ移民を求めている」と『ソドム』で書かれています。イタリアの警察もそれを熟知しているが、「イタリアの法律は個人の売春を禁じていません…」とローマのある警視正はマルテルに語りました。
*神学校、神学生の問題
神学生は男子だけであること、これが、どういう結果をもたらしているか。マルテルはローマにある教皇庁立大学やフランス、スペインなどいくつかの国で神学生、またゲイの神学生を調べました。教皇ベネディクト16世は2005年に「根深い同性愛の傾向」を持つと思われる者を司祭に叙階しないように、通達を出しました。
しかし同性愛の司祭の叙階が無くなれば、教会は立ち行かなくなるし、ローマの枢機卿はいなくなり、教皇庁に人材はいなくなることが、彼自身にも分かっていました。各国に通達は出しても、神学校において同性愛は野放しで、バチカンに届く報告書を見て「同性愛が常態化している」ことがわかりました。いろいろな形でです。
そして、取材の結果、神学校を入口としてカトリックのシステムは、同性愛者間の「友情、保護、庇護者」といった「ソドムのコード」によって成り立っていることが明らかになりました。枢機卿や司教の多くが、自らのアシスタントや補佐役、被保護者をもっている。それは「特別の友情」で結ばれ、同性愛の関係に発展することもあるが、「細分化されたヒエラルキー的同盟のシステムとなり、派閥や党派、黒幕グループを形成することもある」と『ソドム』に書いています。
このような保護する者と保護される者のモデルは、教会や神学校から司教団まであらゆるレベルに存在している。そのような複雑なシステムのなかで聖職者が任命され、教会のヒエラルキーを形成している。だから例えば「聖アンセルモ大学のような教皇庁立の大学では、教員そのものがたいてい同性愛だと見なければなりません」とも。
取材に応えた元神学生が言うには「聖職者の独身制が存在する限り、ゲイの司祭はヘテロの司祭より教会に受け入れられる。それが現実」。神学校に異性愛の神学生が彼女を連れてきたりすれば、すぐ退学となる。貞潔と独身制は女性に対するものなので、同性愛者には関係ない。「司祭の独身制」があるから、同性愛問題が起こる。異性愛の司祭よりゲイの司祭のほうを教会は選ぶ・好むというシステムになってしまっているので、反ゲイの通達を出したところで、大勢は変わらないのです。
*都市ローマの聖職者とエイズ
1980年代から90年代にかけて聖座とイタリア司教団ではエイズが猛威を振るい、多くの司祭、モンシニョーレ、枢機卿がエイズで死にました。バチカンで義務付けられている年一回の血液検査で、エイズと診断された聖職者も、「陽性」と診断されて隔離された者もいました。
「カトリック上層部でエイズにかかる人の割合が高いことは、カトリック司祭の死亡証明書をもとにアメリカで行われた統計調査によって裏付けられている」と『ソドム』は指摘します。司祭や神学生にエイズ抗体陽性の者や患者がそれなりにたくさんいるようです。ローマのある皮膚科研究所の教授はそのことを認めており、また聖職者に検査を受けさせようとするが、彼らは「検査を拒否し、コンドームをほとんど使用しないため、現在、カトリックの男性コミュニティに所属する人のエイズ感染のリスクが高まっている… 我々は特に神学校で、性感染症やエイズの感染と治療に関する対話や指導を試みてきた。しかし
、まだきわめて困難だ。エイズのリスクについて話すことは、聖職者が同性愛を実践しているのを認めることになるから。そして教会は当然ながら、この種の予防対策を拒否している」と。
*”ソドムの法則”
マルテルは取材を進める中で、14の”ソドムの法則”を発見しました。それは以下のようなものです。
「聖職は長いあいだ、若い同性愛者の理想的な逃げ道だった。同性愛は彼らの召命の鍵の一つだ」
「同性愛は、教皇庁の中枢に近づくほど広まっている。カトリックのヒエラルキーを上昇するほど、同性愛者の数は多くなる。枢機卿団とバチカンでは、この優先的プロセスが功を奏したようで、同性愛はお定まり、異性愛は例外となっている」
「親ゲイの高位聖職者ほど、ゲイである可能性は低い。ホモフォビアの高位聖職者ほど、同性愛である可能性が高い」「うわさ、中傷、仕返し、復讐、性的いやがらせが聖座では絶えない。ゲイ問題はこうした陰謀の主要な動機の一つである」
「多くの性的虐待事件の背後に、自らも同性愛で、スキャンダルになってそれが暴かれるのを恐れ、加害者を守った司祭や司教がいる。教会のなかで同性愛が広まっていることを隠しておくには、秘密を守る文化が必要だった。そのため性的虐待は隠蔽され、加害者は野放しになったのだ」。
続けます。
「ローマにおける聖職者とアラブのエスコートとの買売春では、二つの性的に貧しい人々が交わっている。カトリック司祭の底知れない性的フラストレーションが、ムスリムの若者の婚外交渉を困難にしているイスラムの掟と呼応している」
「バチカンのホモフィルはおおむね貞潔から同性愛へと進化する。同性愛者のたどる道が後退してホモフィルに戻ることは決してない」
「同性愛の聖職者と神学者は異性愛の同僚に比べて、聖職者の独身制を強く支持する傾向がある。彼らは、えてして、貞潔の教えを守らせようとする。しかし貞潔は本質的に不自然である」
「教皇大使の多くは同性愛だが、彼らの外交は本質的にホモフォビアである。彼らは自身がそうであるものを非難している。枢機卿、司教、司祭に関しては、よく旅をする者ほど疑わしい」
「ある枢機卿や高位聖職者が同性愛だといううわさが流されるのは、自らもクローゼットの同性愛である者の仕業のことが多い。彼らはそのようにして、リベラルな反対派を攻撃する。これはゲイがゲイを攻撃するとき、バチカンでよく使われる武器である」
「誰が枢機卿や司教の連れなのか、探す必要はない。彼らの秘書、アシスタント、お気に入りに尋ねればよい。彼らの反応を見れば、本当のことがわかる」。
あとは、箇条書きにします。
・すでに11世紀にイタリア人司祭ペトロ・ダミアニは『ゴモラの書』で、当時の聖職者のあいだ(枢機卿団も)で同性愛的傾向が広まっていることを非難している。
・コロンビアの大司教トルヒーリョは同性愛者で、保守的なカトリック者と手を結び、政権に加担して暗躍する。他の多くの司教は貧者優先、民衆解放、極右の軍事政権を非難したので、トルヒーリョは進歩派の司祭たちを殺害した。のち、ローマへ行って家庭省のトップとなり、世界のあちこちに旅して、同性愛や婚前交渉、ゲイの権利を非難しコンドーム使用を禁じた。ヨハネパウロ2世とベネディクト16世の時だ。
・メキシコの聖職者の同性愛生活はよく知られた現象であり、すでに資料で裏付けられている。枢機卿、大司教、司祭の3分の2以上が「実践的」であると見られている。「メキシコでは少なく見積もっても50%、実際には75%の司祭がゲイ。神学生は同性愛的であり、カトリック上層部は明らかにゲイだ」。
ペルーの代議士カルロス・ブルースは『ソドム』で語っている—「教会は、地に墜ちたモラルの結果をすべて引き受けなければならないと思う。まず、同意している成人間の同性愛の関係を批判するのをやめ、結婚を認めなければなりません。そして、性的虐待について沈黙するのをやめ、制度化した『隠蔽』の戦略を完全に放棄すること。さらに、これはまさに問題の鍵なの
ですが、聖職者の独身制に終止符を打たなければなりません」。
*『ソドム』から見えてきたこと・・結論
・まず、男性だけしか司祭になれないという教会法の規定があります。女性排除です。同性愛・同性婚が認められない時代・社会では同性愛者は神学校に入り司祭になる傾向がありました。そのためカトリック教会には同性愛の聖職者が増えた。そして彼らが教会の上層部になっていき、中枢組織であるバチカンを形成した…
・同性愛の男性は女性と結婚することは、ほぼ、ないでしょうから、「司祭の独身義務」を守ることは難しいことではない。ただし同性愛の欲望をどうするかという問題は残る。思うに、「男性だけしか司祭になれない」としても、もし「独身義務」がなく結婚が許されるとすると、どうなるでしょうか。その場合、異性愛の男性が増え、同性愛者は肩身が狭くなるでしょう。ですから、女性と結婚する男性(の多く)を排除した上で、「独身義務」を司祭に課したほうが、同性愛者にとっては好都合です。それに同性愛男性に女性は必要ないので、女性は司祭として叙階されない、という制度にする、つまり女性を排除しても
何ら不都合はありません。
・このように現在の司祭制度すなわちキャロルの言う二本柱「司祭職からの(女性嫌悪めいた)女性排除」と「司祭の独身の義務」は、同性愛の司祭を守る制度であり、また同性愛傾向の者を多く補充していく制度なのです。(
・先般の世界代表司教会議(シノドス)第16回定例総会(2021∼24年)で世界の現地教会から出された「司祭の独身制の義務を排し、女性の司祭叙階を認めよ」という意見は、まさに教会のソドム化を防ぎ
、シノダル(共働的)な教会になっていくための健全な意見、聖霊の促しだったのではないでしょうか。それに蓋をしてしまったシノドス参加者たちの責任は重いと言わざるを得ません。
*フレデリック・マルテル著『ソドム』(河出書房新社、2020年4月初版)
(西方の一司祭)