(翻訳・編集「カトリック・あい」南條俊二)
(参考「バチカン放送})
26日の夕方行われた、教皇レオ14世との出会いと対話では、世界5大陸および東方典礼カトリック教会の代表が、教皇に”シノドスの道”の歩みや、シノダル(共働的)な教会のあり方をめぐり質問。レオ14世は、これらの問いに耳を傾けられ、原稿を用いずに率直な回答をされた。
たとえば、シノダリティ(共働性)が「自分たちの司牧上の権威を弱めてしまうのではないか」と懸念する司教や司祭たちにどのように対応すべきか、という問いに、教皇は、「そのような抵抗は、しばしば恐れや、認識・理解の欠如から生じるものです」と指摘。「実際、各地域からの報告の多くが、育成の必要を最優先事項に挙げています」とされつつ、共に歩む教会の姿勢について、学校や、神学校、成人信徒を対象とするものなど、あらゆるレベルでの育成の重要性を示された。
同時に、教皇は、「すべての人が同じ速さで走れるわけではなく、時には互いに忍耐し合う必要もあることを理解すべきです… 一部の人だけが先を走り、残りの人々を置き去りにしてしまうなら、教会生活に分裂を生みかねません」と注意され、「それぞれの地域の状況を把握し、どのような抵抗があり、その原因は何か、シノドス的な教会の交わりを生きるよう励ますために何ができるか等を知るための具体的な方法を見つけねばなりません」と述べられた。
また、「私たちの社会がより包括的で、公平で、平和構築に貢献するものとなるために、”シノドスの道”の歩みは、どのようにそれを励まし、インスピレーションを与えることができのでしょうか」というラテンアメリカを代表した質問があった。
これに対し、教皇は中南米の教会のシノドスへの長年の取り組みに謝意を表すると共に、「ラテンアメリカの信仰の恵みや情熱、交わりの精神、兄弟愛などから、真のシノダルな歩みを続けるうえで多くを学びました」と全教会からの感謝を述べられた。
また教皇は、この質問に答えるにあたり、ご自分の「個人的」な体験、と前置きした上で、「私自身の人生で何かのプロセスからインスピレーションを得たことはあまりなく、むしろ、信仰における情熱を生きる人たちからインスピレーションを受けてきました」とされ、「今体験している聖年が回心、和解、そしてイエス・キリストから授かった新しい命への招きであることを理解し、シノダルな霊性はもとより、福音の霊性、交わりの霊性、教会でありたいと願う霊性を生きることが大切です」と説かれた。
さらに、「キリストご自身との親密さの体験は、この歩みにおいて、『宣教的で忠実な弟子になりたい』との願望を心に燃え上がらせてくれるでしょう… この熱意と確信をもって生きる時こそ、より多くの人たちが私たちに加わり、平和と交わりの構築者となることを望むことでしょう」と話された。
このほか、「シノダルな教会において、女性はどのような希望を正当に育むことができるか」という質問があり、教皇はここでも、「個人的な体験ですが」と前置きしたうえで、1970年代、米国で男女平等が盛んに話題にされていた時代、父親と共に非常に活発に小教区活動に携わっていた自身の母親に、「女性の皆さんは、男性と同じようになりたいと思っていますか」と尋ねたところ、「いいえ、私たちはすでに、もっと優れていますから」と答えを受けた、というエピソードを語られた。
そして、「当時にすでに、自分の母親だけに限らず、女性たちは様々な意味で、家庭生活や小教区のために多くの才能を捧げることが可能だったのです」と回想された。
教皇はもう一つの体験として、ペルーにおけるある女子修道会の話をされた。「この女子修道会のカリスマは、司祭がいない地域で奉仕することでした。修道女たちは洗礼を授ける権限を持ち、結婚式で公式の証人を務め、素晴らしい宣教活動をし、多くの司祭たちにとってもそれは信仰の真の証人たちでした」。そうした体験から教皇は、「問題は、女性に可能性が存在しないことではなく、文化的な障害が存在していることにあります」とされ、「すべての司教や司祭が、女性たちがその役割をよく果たすことを望んでいるわけではありません。この問題を皆が認識する必要があります」と強調された。
さらに、アジアの教会へのシノドス的回心を励ますメッセージを求められた教皇は、「シノダリティ(共働性)のみならず、交わりや回心を推進しながら、今日、ここに到達するまでに大変な働きをしたアジアの教会に心から感謝します」と語られ、フィリピンを除き、キリスト教が少数派のあらゆる国・地域で、「多くの困難や抑圧にもかかわらず、信仰を生き、イエス・キリストの弟子としての姿を示し続けるアジアの教会、教会の今日と未来を表すアジアの地に、私たちは敬意を表さなくてはなりません」とと話された。
(編集「カトリック・あい」)